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たまたま求人が出ていて、たまたまタイミングよく就職できたのは、いわゆる不良高校であったらしい。元は男子校で、十年前、経営悪化に伴い共学になった。共学になったことで、元々よくなかった校内の治安は無法地帯と化し、学力は低迷。近郊では、試験で名前さえ書けば入学できるともっぱらの評判だ。
校則なんてあってないような学園生活で、教員は教職者としての熱意を奪われ、ただ息を潜めるようにして日々の業務に埋没していた。そのような環境の中で、彼の担任は若いながら、情熱を絶やさない奇特な教師であったといえよう。いや、若さゆえ、だろうか。
「ぼくのクラスの我妻遊児君。家庭環境が少し複雑で、あまり家で眠れていないようなんです。そういうわけで、睡眠のために保健室へ通っているようなんですが、見逃してやってくれませんか?」
前職は、都心のある大手企業で保健師として働いていた。学校の保健の先生として働くのは初めてだけど、さて、このような事態はざらにあるのだろうか。
返事に窮する私に気づいた川原先生は、眼鏡の奥の瞳を申し訳なさそうに細めた。
「もちろん、外せない授業の時は迎えに行きますので」
「……わかりました。ただし、病人が出て、ベッドを空けなくてはいけない時は遠慮いただきます」
「もちろんです! ありがとうございます!」
川原先生は勢い余って私の手を掴み、それから慌てたように放り投げた。振り回される腕が忙しい。
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