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「すみません! 馴れ馴れしいことをしてしまいました!」
「いえ。気にしていません」
すっぱりと答える私を見つめ、川原先生は「矢花先生は格好いいですね」と笑った。矢花先生。聞き慣れない呼び名がくすぐったい。
「矢花先生が養護教諭だと安心だなあ。彼がなにも言っても、冗談の範疇だと思って受け流してくださるとありがたい」
「何を言うのですか?」
「まあ……年頃の男の子なので、異性への興味が尽きないというか……」
何となく見えてきた我妻遊児の人物像に、私は早くもげんなりしていた。
養護教諭の肩書を持つ私に、川原先生は保健室通いの多い我妻遊児について色々と情報を提供してくれた。我妻遊児には戸籍上の父親がいないらしい。だけど、この狭い街の人間なら誰でも知っている。彼の父親が誰なのか。だが、父親は地元の名士で、おまけに家庭のある男のため、決して彼を認知しようとはしないらしい。彼は、惨めに捨てられ、精神が蝕まれた実母と二人で、街の外れに暮らしている。
よくある話だと割り切らなければ、彼と普通に対話することはできまい。
先入観を追い払うべく、私は川原先生の話に一つ相槌を打った。
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