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我妻遊児は、川原先生が語った通りの人物だった。
彼はたいへんな寒がりらしい。頭からすっぽりと布団をかぶっているくせに、「せんせー、手ぇあっためて」と、しきりに私へ呼びかける。その声に初日は無視を貫き通し、二日目にはカイロを手渡した。
熱を帯びたカイロを受け取り、我妻君は軽く目を見張る。
「なにこれ」
「寒い寒いとおっしゃいますので」
「……せんせーにあっためてほしかったんだけどなあ」
「あなたの手をあたためることは、業務に含まれません」
彼の軽口を聞き流し、前任が残した申し送りのファイルに目を通す。業務に慣れる暇もなく、健康診断の時期が迫っている。一年で最も労力が要るイベントだ。
視線を感じて顔を上げる。我妻君が、布団から目だけを覗かせてこちらを見ていた。
「お人好しって言われるでしょ」
「は?」
「俺がここにいること、すごく迷惑そうなのに、わざわざ湯たんぽを入れて布団をあっためてくれたんだ? カイロもわざわざ準備してくれたの? うける」
「不要なら返してください」
「やだね。もう俺のもんだ」
カイロに唇を落とした彼は、何が面白いのかにやりと笑った。
「前の保健のせんせーはただのおっぱい星人だったけど、ゆうこはおっぱいがなくても面白そうだ」
「失礼な。少しくらいありますよ」
「気にするところ、そこなんだ?」
「結子って呼ばないでください」
「やーだね」
けらけら笑った彼が、布団を目深にかぶる。やがて聞こえてきた健やかな寝息に、私は室内の暖房の温度を調整した。
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