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夏になっても彼の指先は冷たいままらしい。
「手が冷たい人間は、心があったかいって言うよ?」
へらへらと楽しそうに笑う。さすがにもう、湯たんぽもカイロもいらない季節だ。程よく冷房がかかった保健室には、健やかな寝息が満ちている。
夏用の布団からは、白い腕が伸びている。彼はあまり陽に焼けない性質らしい。男らしく引き締まった前腕には、包帯が巻かれている。緩んだ包帯の奥には、美しい容姿には不釣り合いな、爛れた皮膚があった。
「味噌汁零して火傷した」と、彼は笑っていたっけ。小さく唸った彼が薄く目を開く。気だるげに漂う視線が、まっさきに私を見つけた。戸棚を漁って、蒸留水のアンプルとベースンを手にすると、寝ぼけ眼を擦る我妻君の元へ歩を進める。
「水疱にくっついちゃうとよけいに痛い思いをしますから、安易に包帯はしない方がいいですよ。一緒に病院へ行きましょう」
アンプルを切り、中途半端に解けた包帯の上から蒸留水を垂らす。水疱に貼りついていた包帯に水が染みこみ、柔く解ける。指先から滴る水滴はベースンで受け止めた。濡れた患部をカーゼで優しく拭う。
初めて触れた彼の指先は、凍えるように冷たかった。蒸留水で濡れたせいなのか、元々そうなのかはわからない。
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