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「ゆうこ」
鼓膜を震わせる声は、今までこの名を呼んだ誰よりも柔らかい。文字に起こすなら、「結子」より「ゆうこ」の方が合っている。優しさと甘さに満ちた音がする。
顔を上げたタイミングで、勢いよく腕を引かれた。火傷した腕に触れないようにと抵抗をしなかった結果、あれよあれよという間にベッドの中に引き込まれていた。重なる彼に、かろうじて腕を突っぱねる。
「どうせ誰も来ねえよ」
「何を――」
「黙ってろ。すぐに済ませるから」
火傷を負う腕で、彼は私に触れる。明確な意思を持って。私が強く拒絶できないことを承知の上で。冗談じゃない。
ベッドから転げようとする私を、彼が抱き締めて引き止める。冷たい指先が、剥き出しの鎖骨に触れる。冷たいのに、身体の芯から熱が立ち昇るような、不思議な感覚に囚われた。
熱に溺れているのは、彼も同じらしい。私の腰のあたりに触れる彼は、女の肢体への欲情を訴えている。
悲鳴が漏れそうになるのを、唇を噛んで耐えた。
「ゆうこがあっためてよ」
「…………むり」
「無理じゃない。ゆうこがいい。ゆうこがあたためてくれるのなら、何もいらない」
じゃあ、とっかえひっかえにしている派手な女の子を全部を捨てて、私一人を選んでくれる? ベッドの中で愛を吐いた全ての人間を忘れて、私だけを脳裏に焼きつけてくれる?
吐き気がした。行き場のない感情なんて、化膿して腐り落ちてしまえ。
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