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噂のお屋敷
ミンミンゼミが鳴いている。八月、天気は快晴。空のてっぺんを目指している太陽は刻々と日差しを強めていき、地表の生き物の体力をジリジリと無慈悲に奪っていった。
遠くから見た雑木林も、てらてらと日光に照らされて明るく輝いていた。が、いざ近づいて内部を覗きこむと不気味なほど陰っていて、そこだけ違う世界にすり替えられているように見えた。石段はその雑木林に隠れるようにあった。
長いその石段は、長い間手入れされてないらしく所々が歪み、あちこちから草が飛び出していた。つまずかぬよう、足元に気をつけながら根気よく上れば噂の廃墟が見えてくる。
かつては立派な豪邸だったのだろうその廃墟には、幽霊が出るという噂があった。一つだけカーテンの開いた窓から自殺した少女が外を見ているとか、没落した金持ちが栄華を忘れられずにさ迷っているとか、それは廃墟によくあるありきたりなものばかりだったが、幼い男の子の好奇心をくすぐるにはそれで十分だった。
ナオキは胸を高鳴らせながら廃墟の勝手口のドアを開けた。玄関のドアや窓はみな鍵がかかっていたが、勝手口のドアだけは鍵が壊れていて誰でも入れるようになっていたのだ。
廃墟の中は暗く、カーテンの隙間から差し込む細い光が濃密に舞うほこりを映し出していた。嗅いだこともないカビの臭いにナオキは驚き、躊躇する。が、高まったナオキの冒険欲を奪うほどではなかった。
首にかけられる小型のライトをぽんと点ける。これなら両手がふさがらないだろうとナオキが選んで持ってきたのだが、思ったよりも光量が弱くすぐ近くしか照らせなかった。
床にはボコボコと穴が開いていた。これは肝試しに忍び込んだ人が踏み抜いていったものだった。床は人が乗っただけで抜け落ちるほど痛んでいたが、ナオキの軽い体重には何とか耐えることができた。穴を避けながら、ナオキは廃墟の奥へと進む。
玄関付近はガラスブロックがあしらわれているおかげで少し明るかった。肝試しに入った人々はここにたどり着く前に心が折れてしまったらしく、床の穴の数は減っていた。玄関の近くにある、一段目の派手に壊れた階段を上ったらもう足あとすら残っていない。
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