番外編 -卒業旅行-(side せいじ)

2/17
279人が本棚に入れています
本棚に追加
/223ページ
仕事の帰り道少し遠回りをして家の近くの本屋さんに立ち寄った。 今日は特に冷え込み本屋に向かうまでの道のりは寒さも厳しくて吐き出した息が白かった。 冷たく吹き付ける風に思わず肩をすくめる。 年が明けてもう2週間経ったが、世の中はお正月気分が抜けきれていなかった。 学校もまだ冬休み期間で、仕事もそんなに多くはなく俺自身もまだ休みの延長気分のままいた。 そんな悠長な俺とは違い忙しなく活動している人物がいた。 昨年の秋に再会し、今は恋人になった大学4回生ののぶは、卒論に追われていた。 締切が今週に迫り今が1番の追い込み時だ。 だからここ1ヶ月半はのぶには会っていない。 俺は本屋さんに着き暖かい店内へ避難した。 掛けていたメガネが寒暖差で曇りそれを手袋をはめた手で拭う。 暖かさにほっとしつつ目的のコーナーへ向かう。 そこは国内旅行雑誌が並んでいるコーナーだった。 俺は棚を順番に眺めながら、割と近場の観光地にもなっている温泉街の紹介が載っている雑誌を手に取る。 パラパラとその雑誌を眺めてから、それをレジへと持って行った。 来週久しぶりにのぶに会う。 卒論の完成を労うのと、卒業のお祝いも兼ねて俺はのぶへ温泉旅行をプレゼントすることにした。 来週、その温泉旅行の日に1ヶ月半ぶりにのぶに会う。 「え、そんな……。…いいの?」 1ヶ月半前の最後にのぶにあった日、俺の部屋に遊びに来ていたのぶへ温泉のことを話した。 のぶは酷く驚いてそして戸惑いながらも嬉しそうな顔を見せた。 「もちろん。俺からの卒業祝いだよ。休みあまり長く取れないから近場になっちゃうけど…。」 「…全然いい。すげー嬉しい…」 のぶはそう言うと俺を抱きしめた。 「ありがとう、せいじ。」 「うん…。俺も、温泉行きたかったし。」 「せいじと温泉かー…」 のぶはそう言うと身体を離し俺をじっと見つめる。 「せいちゃんの浴衣姿楽しみ。」 のぶに見つめられて笑顔でそんなことを言われると俺は自分でもかっと顔が熱くなるのがわかった。 「…そんなこと言われたら着るの構えるからやめろよ。」 「顔赤い。照れてるの?可愛いせいちゃん。」 茶化されたあとのぶはまた俺をぎゅうっと抱きしめる。 のぶの体温に心地良さを感じながらも「可愛い」と言われたことは心外だったので非難を口にする。 「…可愛いとか言うな。」 「ごめん。そんな可愛いせいじにプレゼント。」 謝っておきながらまたその言葉を使われて完全に馬鹿にされてると思いムッとしていた俺の目の前にのぶは小さい箱を差し出してくる。 「え?何これ。」 「ちょっと早いけどクリスマスプレゼント。クリスマスもお正月も一緒に過ごせないから。」 俺はクリスマスという概念があまり自分の中になく、慌ててカレンダーに目をやる。 2週間後は確かにクリスマスだった。 「……ごめん。俺何も準備してなかった…。」 「いいよ。温泉だけで十分。ほら、早く開けてみて。」 のぶは俺へ箱を押し付けてくる。 俺は申し訳なさを感じつつも急かされるままその箱を受け取る。 のぶが待ちわびているような視線を俺へ向けてくるので急いでガサガサとその箱の包装を解き中身を確認した。 「時計だ…。」 「うん。これならいつも身につけれるし仕事でも使えるだろ?」 俺は純粋に嬉しくて、まじまじその腕時計を見ていたが、のぶに声をかけられ慌てて顔をあげる。 「俺の好きな感じのデザインだしすごい嬉しいけど、こんなの本当に貰っちゃっていいの?」 サプライズをする筈がサプライズ返しをされて俺はあたふたとしてしまう。 「いいよ。受け取って。気に入って貰えたなら良かったよ。」 優しい視線を俺に向けてくるのぶにまたむず痒いような感覚を覚えてのぶから手元の腕時計へ視線を下ろす。 「ありがとう。大切にする。毎日付ける。」 時計を見ていると、頭に何か乗った。 見上げるとのぶが俺の頭をぽんぽんと撫でていた。 「俺だと思って優しく丁寧に扱えよ。」 「…じゃあ多少落としたりしても大丈夫か。」 「おい、こう見えて俺結構繊細だよ?」 「…じゃあそういうことにしておく。」 のぶはこのーと言いながら俺の頬を軽く摘んだ。 のぶとはこんな感じでいつも穏やかな時間を過ごしていて、とても心地が良かった。 一緒にいるのが本当に幸せで、のぶが隣にいてくれたら辛かった過去なんて無かったのでは無いかと思えるくらい俺は救われている。 幸せを実感できる。 でも俺は今、一つ悩みがあった。
/223ページ

最初のコメントを投稿しよう!