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ホットマン
一目惚れだった。彼はその子を一眼見て、忽ち恋をしてしまったのだ。
スラリとした長身に真っ白な肌が透き通る様に清らかで、艶やかな黒髪が彼女の清楚さを一層際立てていた。派手さやケバさは一切無く、まるでお人形さんの様に講義室の最上段の隅の席に座って一人で講義が始まるのを待っていた。
そんな彼女を見つけた彼は三秒後には行動に移っていた。講義室の階段を五段飛ばして駆け登ると一目散に駆け寄って告白した。
「俺は貴女に恋をしました!どうかお付き合いしてください!」
彼は熱い男であった。彼の暑さには周囲の友人達もうんざりする程であったが、真面目で愚直で憎めないそんな彼を皆が理解していたし、困っている人には手を貸さずにはいられない人柄を良く思わない者などいなかった。なので彼を本気で嫌ったり憎む者はいなかったし、多くの者から慕われていた。そんな彼を皆はホットマンと呼んでいた。
「ごめんなさい」
撃沈であった。だが、彼は諦めない。根っからのポジティブだし、熱く燃え上がっていたからだ。
「いきなり申し訳ありません!そうだ、まずお友達から始めてくれませんか?」
「いえ、結構です」
「…。そうだ!俺はテニスサークルに所属しています。もし良かったら今度来てみませんか?」
「遠慮しておきます」
「…。そうですか。ではこの講義が終わってからお茶でもどうですか?」
彼女は不機嫌な顔をして席を立った。
「あ、待ってください!」
彼はとっさに彼女の手を掴んだ。彼が掴んだ彼女の手はもうすぐ初夏だというのに冷たく冷え切っていた。それはまるで彼女が彼に対しての態度を表しているかの如く彼が今まで触れてきたどの体温よりも冷たかった。メラメラと燃え上がっていた彼も彼女のその異常なほどの冷たい手に驚いて固まってしまった。
「離して下さい」
「あ、すみません…」
彼女は講義室から出て行ってしまった。彼は彼女が出て行った講義室のドアをボーっと見つめていた。
その一部始終を見ていた友人の一人が彼を慰めに来た。
「ホットマン、どうした?あんな地味な子にいきなり猛烈アタックだなんて。しかも思いっきりフラれてたし…。
確かによく見れば美人で育ちも良さそうではあるが、あの性格だぞ?友達も居ないみたいだし、そもそもあんな子がいる事を今の今まで知らなかったしな」
「ああ、俺も知らなかった。だが、何か事情があるのかも知れない。俺は何故か彼女にとんでもない魅力を感じた。今は俺はどうしても彼女とお近付きになりたい…‼︎」
「……。まぁ、せいぜいストーカーで通報されない様にしろよ。俺は嫌だぜ、留置所に面会に行くのも裁判で証人になるのも」
それから彼は彼女を見つけるたびに声をかけていった。彼女も一応挨拶程度は返してくれたが、素っ気無く愛想も無い。だが、彼はめげる事なく声をかけ続けたのだ。でもあまりしつこくする事はせず、一言挨拶をする程度に自分を抑えていた。それはあの日、自分がしつこく声を掛け続けたせいで彼女の気を損ねてしまい彼女が講義を受けずに帰ってしまった事を反省しての事であった。
あの日から彼の生活は彼女一色になっていた。それは彼が産まれて十九年の歴史の中で初めての事で自分でもどうすれば良いのか分からなかったし、周りの友人達も『彼女は辞めておけ』とか『別に他の子にすれば』と否定的な意見ばかりであった。だが、彼の想いは変わらずに燃え上がっていて、時に押し潰されそうになったりヤキモキしたりしながらも日々を過ごしていた。でもそんな彼の想いをを知ってか知らずか彼女の態度は相変わらずなのであった。
彼のそんな挨拶だけを交わす彼と彼女のキャンパスライフは半年ほど続いていた。
十一月も残すところ数日となっていて、晩秋の風は身に刺さる程に冷たかった。
彼女は行き付けの公園のベンチで読書をしていた。ここは大学からも数キロメートル離れていて駅の反対側に位置していた為、同学の学生はほぼ寄り付かないのだ。
この公園は数少ない彼女にとっての心落ち着く場所であったが、この日はこの公園で初めて声を掛けられたのだった。もちろん彼に。
「と、隣に座っていいですか…?」
これは彼が初めて彼女を見つけたあの日以来の積極的アプローチで、大学の外で初めて彼女を見つけ、声を掛けた瞬間でもあった。心臓は彼史上最高の心拍数を記録していて、頭の中はグチャグチャに真っ白でいつもにも増して熱くなっている事が自分でもよくわかった。
「ええ」
彼女は読書をしたまま顔色も目線も変えずに言った。彼は恐る恐る震えながら一メートル位の間隔を空けてベンチに座った。そして暫くの沈黙が二人の間に流れていった。
彼は沈黙を破ってパサパサの口を開いた。
「ずっと気になっていたんだけど…」
「何ですか?」
「どうして君はそんなに…、ヒンヤリしているというか…、その、手が冷たいんだい?」
彼女は平然と言った。
「死んでるからよ」
「えっ?」
「正確には生命活動をしていないという事らしいんだけど、身体は腐敗せずに保ててるの。父の命を賭した研究のおかげでね。
でも生きてはいない。身体は成長しないし疲れもしないけど血も通っていない。心臓も動いていないし、呼吸もしてない。感覚が無いから痛みも感じないし、暑くも冷くも無い。髪も伸びないし、眠たくなったりお腹が空いたりもしないのよ。
ただ身体が動いて意思があるだけ。お人形と変わらないわ。どう?引いた?だからもう私に構わないでね。もはや私は人間ですら無いのだから」
彼女は平然としていた。心はあるがもう荒み切ってボロボロで凍りついてしまっているからだ。大切な人は皆んな彼女の前から居なくなってしまった。悲しいのに涙も出ない身体で彼女はいつまで続くか分からない人生とも呼べない時を過ごさなければならないと考えると彼女の心は憂鬱な虚無感に支配されてしまあのであった。
「そんな事はない‼︎貴女は素敵だ‼︎素敵な人間だ‼︎人形と変わらない身体?そんな事は俺には関係無い‼︎
何故なら貴女には感情があり心があるからだ‼︎よし、決めた‼︎俺は貴女を俺の一生をかけて支えていくことにしました‼︎」
彼の熱気と言葉が彼女の荒んでボロボロの凍り付いた心を瞬時に溶かし癒してしまった。憂鬱とか虚無感も彼の言葉で一気に吹っ飛んでいったのだ。
この時、血が通っなかった彼女の頬が赤らんで、熱くなったのであった。終
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