「夢見心地」

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「夢見心地」

 「もしもし警察署の方ですか⁉今すぐ来てください‼家に……私の家に知らない男がいて、私を取り押さえようと襲ってくるんです……‼今は夫と一緒に寝室に鍵をかけて立てこもっているのですが、ドア越しに物音ひとつ立てないのが逆に不気味で……。お願いします、早く助けに来てください……‼」 襲われた際に出血した手首からの血が、電話を持つ手を生々しく塗り上げていく。 私は目を瞑り、恐怖で震える身体を片方の手でぎゅっと抱きしめながら、警察が駆けつける時をひたすら待ち続けていた。   「……で、それからどうなったんですか。」 「実は知らない男がいたのも夢だったみたいでね。悪夢に魘され過ぎてパニックになってそのまま警察に電話してしまってたみたいなの。駆けつけた警察官の皆さんやご近所さんには本当にご迷惑をおかけしてしまって……。」 罪悪感を抱えた表情で小野瀬美幸(おのせみゆき)は黒いスーツを着た女性に事の経緯を話した。 「あ、そうだ。この時間はもう夫が帰ってくる時間じゃない。今頃家に私がいなくて困っているだろうから電話してあげなくちゃ。」 そう言い、ズボンのポケットに左手を突っ込みながら立ち上がろうとする私に女性が落ち着いた声で話しかけた。 「小野瀬美幸さん。今は取り調べの最中です。許可なく立ち去るのはご遠慮下さい。」 「取り調べ……?どういうこと?あなたは事件性が無かったって報告する調書を書くために私をこの部屋に連れてきたんじゃない。」 身に覚えのない言葉に少し困惑しながら、私は席に戻った。 女性は手元の資料に視線を逸らし、深く深呼吸をした後、凛とした表情で私を見つめ返しこう言った。 「落ち着いて聞いて下さい。今回の事件の被害者は小野瀬彰(おのせあきら)さん34歳。東京都在住で医療器具メーカー勤務の会社員、性格は穏やかでご近所さんからの評判はとても良く、勤務先でも非常に信頼される方だったそうです。」 「急に何よ、私の夫じゃない。しかも「被害者」だとか「だった」とか。私の夫は今も普通に生きてるわよ。」 私は眉間に皺を寄せ苛立った口調で返したが、女性は物怖じせず淡々と話し続ける。 「現場の調査を行ったところ、リビングから寝室にかけて血痕が続いており犯人は被害者の男性をリビングで殺害した後、寝室まで引き摺っていったのではないかと考えられます。そしてリビングには血の付いた注射器と思われるガラス片と白い粉状の物が散乱しており鑑識の結果、白い粉状の物は覚醒剤だと判明しました。」 「ちょっとさっきからいい加減にしなさいよ!人の夫を死人扱いしたり、人の家を現場呼ばわり血痕がどうとか薬物が見つかったとか!」 「………今回見つかった薬物、覚醒剤の特徴として乱用を続けると幻視・幻聴などの症状が現れるそうです。例えば、誰かに狙われているんじゃないかとか、身内の人間が不審者に見えて襲ってくるように見えるとか。」 「冗談じゃない。」 私は堪忍袋の緒が切れ、両手でドンと強く机を叩き、足早に出口へと歩き始めた。 これ以上聞く由のないと言わんばかりの足取りで、女性の注意はもう耳に届くことはなかった。
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