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「まったくひどい話ですな」
「本当に。あんなことが行われているなんて」
「私たちも、そんな実態をよく知る必要がありますね」
「ええ、そのとおりです。民主主義を守るために」
神妙に話しながら、彼らは少しそわそわしている。
「しかし、いや話の本筋とは関係ないのですが……あの女性、なかなか綺麗ですな」
「……ええ、確かに」
控室。
ステージから戻った女性は、そこで何やらパソコン作業をしていた男に話しかけた。
それは白衣をまとった、科学者風の男である。
「どう、今日もあたしの演技いけてたでしょ」
ステージ上のすすり泣きはどこへやら、女の声は軽く明るい。
「うん、ばっちりだよ。性犯罪者予備軍のスクリーニング、しっかりできそう」
男は女性に向かって、満足げにうなずく。
「みんな同情するふりして、しっかり話は聞きたがってんだよな……特にエロいくだりはさ」と女性はやれやれ、といった手ぶりをする。
「まあその手の聴衆なんて、大義名分に隠れた共犯者みたいなもんだしね」
「今日もいつもみたいに、話を少しずつ、もっと過激にしていくわ……けっこう途中退席する人も多いと思うから……」
「最後まで残って聞いてる人たちのこと、しっかり記録しましょうね」
2人が顔を向けた先では、警察署からやってきた刑事が険しい顔で頷いていた。
しばらくして、会場にアナウンスが流れる。
まもなく、講演会を再開いたします……
男たちはいそいそと、それぞれの座席に向かって歩いて行く。
そしてほどなく照明が落ち、彼らはふたたび暗闇の中に吞み込まれた。それぞれの顔を覆い隠してくれるはずの、安心できる暗闇の中に。
(完)
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