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次におかしなことが起きたのは数日後、お風呂に入ってる時だ。
「ふー……極楽」
浴槽に張ったお湯に肩まで沈み、ご機嫌に鼻歌を口ずさむ。お風呂場は声がよく響いて気持ちがいい。
タイルから滴った雫が、湯舟で弾けてちゃぽんと音をたてる。
我が家の入浴の順番は決まっていて、大抵私が最初だ。お母さんは家事で忙しいし、お父さんは仕事で遅くなることが多い。
一番風呂を貰えてラッキーだけど、たまに浮かれすぎてのぼせてしまうのが難点だ。
「半熟って案外むずかしいよね……」
お風呂で膝を抱え、ぶくぶく口まで沈む。
コップに半分の水を注いで蒸す、焼き加減は目玉を爪楊枝でチェックする……他になんかあったっけ?指折り数えて要点をおさらいしてたけど、忘れっぽいせいかすぐ詰まる。
脱衣所で音が鳴った。
反射的に顔を上げ、磨りガラスを嵌めた引き戸を仰ぐ。
「お母さん?」
誰何にも反応なし、磨りガラスの向こうじゃ怪しい人影が蠢いている。お母さんにしては背が高い。肩幅もある。男の人だ多分。
「お父さん、帰って来たの?でるとこ待ち伏せしないでよ悪趣味」
思春期の娘を脅かすなんてたちが悪い。っていうか、お父さんらしくない。
消去法でお父さんと推定したけれど、磨りガラスにチラ付く影を見ていると不吉な予感が疼く。
「誰?なんとか言って」
いっそドアを開けて確かめてみようか。
恐怖心に反発する好奇心に駆り立てられ、浴槽の中で立ち上がるものの決心が付かない。私は今全裸だ。もし脱衣所にいるのが赤の他人の、それも男の人だったら……
混乱する頭の中心に、玄関で見た靴が浮かぶ。
「ひょっとして、こないだの靴の人?」
私が第一発見者になった靴の持ち主は結局見付からないまま、処分に困って下駄箱に保管してある。
あの靴は踵を家の中に向けてそろえてあった。ということは……
まだうちにいる?
「…………ッ」
背筋に強烈な悪寒が走った。
もし誰かが夜にこっそり忍び込み、玄関で靴を脱いだまま出ていってないとしたら。
まさか。ありえない。もしそうなら気付かないはずない。大体どこに隠れるっていうのよ。和室の押し入れ?台所の収納庫?
浴槽で固唾を呑む私の視線の先、曇りガラスの向こうの影はやがて遠ざかり、どこかへ行ってしまった。去り際は慌てているようにも見えた。
「嘘でしょ……」
半信半疑で独りごちる。
もしうちに知らない誰かがいるなら、お父さんとお母さんが今に至るまで気付かないのは変だ。異常だ。もし人じゃないのだとしたら……
温かいお湯に包まれていても鳥肌が広がるのを止められず、二の腕を強く抱く。
浴槽の壁にもたれてずり落ちれば、口から抜けた空気がぽこりと泡になって膨らむ。
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