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愛香る花
あれから課長はいつも以上に不機嫌そうで、目が合う事すらない日々が続いていた。
俺の心は悲しく萎むが勇気を出すって決めたから、今度は逃げないって決めたから。
今日は久しぶりの休みに姿見の前で服選びをしていた。
遊びに行く為ではない、課長に自分の想いを伝えに行く為だ。
あの日課長は俺の事を心配してくれたんだ。
それは本当だったと思う。
なのに俺が課長の手にキスなんかして……気持ち悪いって思われたかもしれない。だけど、違うかもしれない。
勇気を出して一歩踏み出してみなければ本気の恋なんて手に入らないって先輩たちと話して分かった。
だから俺は頑張るって決めたんだ。この恋を……あの人を諦めたくない。
買っておいた花束を手に玄関へと向かう。
ドアノブに手をかけたタイミングで『ピンポーン』とチャイムが鳴った。
驚き相手も確認せず開けてみると、そこに立っていたのは課長だった。
「課長……?」
「安藤くん、キミに少し話があって……もしよかったら玄関まででいいので入れてくれないか?」
「――どうぞ……」
ドアを開け招き入れる。
課長は言葉通り玄関で立ち止まった。
課長の視線は俺が持つ花束で止まる。一瞬だけ眉間に皺を寄せたが視線を花束から俺の顔へと移動させた。
「私の名前は旭川 彩という」
「はい……?」
何の話だろう? と俺は小首を傾げた。
「三年前の――ラブレター、あれは私がキミに宛てて書いたものだ……」
「え? だってアヤさん……あ、読み方が……」
「そうだ。あの時実は私もあの場にいて影からこっそり見ていたんだ。サイと読むのをアヤと読んで四十二歳のおばさんという事になってしまったようだが、あれは確かに私が書いたものなんだ」
「じゃあ……本当に……課長が俺の事を……?」
「気持ち悪い……と言わないでくれるとありがたいのだけど」
課長はそう言うと力なく笑った。
「気持ち悪いだなんて! 俺はそんな事思いません!」
「だが、あの時キミは『無理だ』って言っていた」
「あれは……俺は恋愛対象が男だったから、女であるアヤさんとは付き合えない。だから――」
最後まで言い終わる前に課長に抱きしめられていた。
「課長……っ」
「すまない……。もうそれだけで……私は……ありがとう……。最後にこれをキミに贈りたくて買ってきたんだが……」
差し出されたのはピンクのチューリップの花束だった。すでに俺の手にはピンクのチューリップの花束がある。課長に贈ろうと思い買ったものだ。
チューリップの花言葉は『愛の芽生え』『誠実な愛』
「私の気持ちだ。受け取ってくれるか? その……キミは誰かにすでにもらってしまった後……かもしれないが――」
しゅんと項垂れしりつぼみになる。
あの時同期が拾ったラブレター。
書かれていたのは人を心から愛する気持ちだった。
俺はあの時本当に書いた人の年齢だとか外見だとか関係なく、ラブレターの相手が羨ましいと思った。
あんなに愛されて、あんなに想われて、俺が求めてやまない愛情に――俺宛てに書かれた物だったらいいのに、そう思った。
それが本当に俺宛てに書かれた物だったなんて。
しかも書いたのが課長だったなんて。
「はい……。俺も……課長の事が……好き、です……。最後だなんて言わないで下さい……。この花はあなたの為に買った物です。俺もあなたに告白しようと思って……。――あのラブレターに書かれてあったみたいに、俺の事……愛して?」
再び抱きしめられ、ふたりに挟まれたふたつのチューリップの花束の甘くちょっぴりスパイシーな香りがぶわりと広がる。まるで課長のような大人の色香に酔う。
課長の口元にあるほくろが魅惑的に動いた。
「愛してる」
俺は課長の腕の中で静かに喜びの涙を流した。
そうして俺がずっと欲しくてたまらなかった本気の恋が今芽吹いた。
これから沢山の愛情で育んで、本気の恋の花を咲かせる。
-終-
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