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トラブルからの ①
今日は朝からついていなかった。
別れたばかりの元恋人から復縁を迫られたのだ。
だらしない事をしないでくれたならまた付き合ってもいい、と言うのだ。
何様だ? お断りだと俺は無言でそいつの頬をビンタした。
そんなんで付き合って貰ってもちっとも嬉しくなんかない。
自分からしつこく告白してきて素を見せたら「騙された」なんてほざきやがったくせに。
自分家でリラックスして過ごす事がそんなにいけない事か?
未来の事なんて誰にも分らないって言うけれど、何年付き合ったとしてももうそいつとは本気の恋になんか絶対にならない事だけは分かった。
俺だって中学生だった頃とは違うんだ、黙って泣いているだけじゃない。
それが朝の出勤時の事で、今は夕方定時退社三十分前。
同期の斎藤がいつもはやらないような凡ミスをいくつもやらかして、その事が発覚したのがこの時間だ。
そのせいで今この部署はてんやわんやの大騒ぎだ。
普段ならそんなミスをしてしまうようなヤツではないので、何かあったのかもしれない。だけど、そんな事を訊ける雰囲気でもなく。
鳴りやまない電話の音と、叩きつけるように叩かれるキーボードの音。
あちこちからため息やぶつぶつと聞こえる呪詛じみた声。
そんな殺伐とした空気の中、一番眉間に皺を寄せていた課長がいきなり立ち上がるとパン! と両手を叩き大きな音を出した。
一斉に課長の方を見るみんな。勿論俺も。
課長はいつもの不機嫌そうな顔を止めにっこりと微笑んだ。
「無事この仕事が片付いたら、何でもうまいもの食わせてやる。誰かを責めるのではなく、今できる事を各自やりなさい。ここにいるのは敵ではない、仲間なんだ。助け合っていこうじゃないか」
するとすっと手をあげるヤツがいて、課長は気を悪くするでもなく質問する事を許可するようにこくりと頷いた。
「課長ー一人一万とか二万とかのでもいいんすか?」
この部署で一番若い、仕事はできるが空気を読まないヤツだった。
課長はその発言に一瞬だけキョトンとしたが、すぐににっこりと笑って、
「勿論だとも。もっと高額でもいいぞ」
と言い切った。
わっと湧き上がるみんな。さっきまでの雰囲気が嘘みたいだ。
斎藤もほっとした表情を見せている。
この部署は少ないといっても十名弱。
部署の雰囲気はよくなったものの俺は課長の財布の中身が心配になった……。
じっと見つめていると課長と目が合い、またもぷいっと逸らされる。
――――なんで?
釈然としない思いを抱えたままキーボードに指を走らせた。
俺課長に何かしたっけ???
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