落としてしまったラブレター ① @旭川 彩

1/1
前へ
/12ページ
次へ

落としてしまったラブレター ① @旭川 彩

 あれは新人研修で忙しい時期だった。  その年入った新人にえらく美形の男がいた。名前を安藤 雪緒(ゆきお)といった。  彼を見かけた時、私は年甲斐もなくひと目で恋に落ちてしまった。  彼の美しさよりも、どこか寂し気な瞳に心奪われてしまったのだ。  彼が心から笑ったらどんなにか美しいだろう。  彼が傷ついているのなら私が癒して守ってあげたい。この上ないくらいの愛情を注ぎたい。  ――――彼の一番傍に……いたい。  とはいえ、彼は二十二歳で私は四十二歳だ。こんな親子ほど年の離れたおじさんに告白されても気持ち悪いだけだろう。  だけど自分の気持ちを抑えられなくて、ついラブレターを書いてしまった。  宛名のないラブレター。  彼への気持ちを綴ったラブレター。  出すつもりはなかった。  彼を困らせたいわけでもなかったし、彼に気持ち悪いと言われてしまう事が怖かった――。  彼への想いの詰まったラブレターを私はポケットの中に入れて持ち歩いていた。  ラブレターの存在を意識する事で客観的に彼に自分は合わないと、自分へのブレーキのつもりだった。  なのに……私は落としてしまったのだ。  その事に気づいた私は焦った。  慌てて探すが見つからない。  誰かに拾われて中を読まれてしまったら……。  年齢と下の名前だけでは私とはバレないかもしれない……。もしバレたとしても宛名はない。彼に宛てられた物だという事は分からないはずだ。  だけど、見つけなければ。アレは私の心だ。  彼への恋心。これは自分だけの物で、他の誰かに知られていいものではない。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加