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「そういや、相変わらず"セサク"は姿見せなかったね」
「最近見ないですね、"セサク"」
「アイツだけは僕も良くわからないんだよね」
そう答えて僕は、左手に持った箸で、ヘルシーかつ丼を口の中に掻き込んだ。
「あー、先生、私も一緒にいいですかー?」
手術室に最近配属になった看護師の河野さんが声を掛けてきた。看護師になってまだニ年目だけれど、非常に勉強熱心でなり手の少ない手術室勤務を自ら希望したそうだ。
「清水先生はかつ丼なんですね。私もそうすれば良かったかなー、美味しそう」
「あら、河野さんのカルボナーラも美味しそうよ」
「中村さんのおうどんも美味しそうですね。あー、この病院てば職食が美味しくて幸せ。ここに入って良かったー」
河野さんはいつも明るくて、緊張感漂う手術室の雰囲気を和らげる貴重なスタッフさんだ。
「あれ?」
河野さんが僕の手元をジッと見ている。
「ん、どうかした?」
「いえ、いつもメスを右手に持ってるから、てっきり右利きなのかと思っていたんですが、お箸は左手なんですね」
「すごーい、河野さん、清水先生のことよく見てるね。もしかして〜」
「アハハハハ、ないですよ〜、そんなの。私、彼氏いますもん」
中村さん、話を逸らしてくれてありがとう。利き手についての話はあまりされたくないんだよね。
そうこうしながら、昼食を終えた僕たちは次の手術の準備に移った。
"タック、癒着の少ないところを探してくれ"
"ヒア、どこかで血液が漏れそうな感じはないか、あと求心性のニューロン異常が聞こえたら教えてくれ"
"プレシ、いつもより慎重に頼む。かなり、血管と神経を巻き込んでる"
"ボイス、今から癒着の強いところを切る。出来るだけ組織に避けるように言ってくれ"
"セサク……はステイで"
今、僕が頭の中で指示を出している相手がさっき話した五人の仲間だ。
"和平、患者の麻酔が弱くなってきているよ"
ヒアから脳に直接語られる患者情報。
ヒアは体の中で発生している音を聞き分け、患者の状態を確認することが得意なんだ。ショートカットでクリクリした目がかわいい女の子。だと思う。
「小林先生」
「大丈夫、私にも教えてくれた。麻酔を追加するね」
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