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失踪宣告
おとなしい子。
月夜野陽に会った大人達は、一様にそんな感想を持つ。
人と話すのが苦手なのか、とかく他人と距離を取りがちで、同じ年頃の子供達と一緒に騒ぐ姿も見たことがない。加えてその外見も、おとなしい印象を後押しする。
ほどよく円みのある顔の輪郭、黒目がちの瞳に影を落とす長い睫毛、控えめな鼻、少し厚めの紅い唇、撫で肩の間から伸びる華奢な首。肌は色白だが冷たい感じではなく、雪の様というよりは、純白の絹を思わせる。
その容姿とやや小柄なことで、初対面では女の子と勘違いされることもしばしばだった。
ちなみに、おとなしいのは他人に対してだけではない。家族に対しても同じだった。
五歳の頃から祖父母と暮らしているが、一度としてわがままを言ったことがない。良く言えば〈手のかからない子〉だが、悪く言えば〈なつかない子〉とも受け取れる子供だった。
そんな陽がある日の食卓で、祖父の放った一言に、激しい怒りを顕にした。
「嫌だ」と叫んだかと思うと、祖父の甚八に向かって突然手に持っていた箸を投げつけたのだ。
驚いた甚八がキッと睨み付けると、陽の瞳からはみるみる涙が溢れて流れ落ちた。
陽がそれ以上何も言わず、黙って自分を睨んでいるのを見て、甚八は沸き上がる怒りを抑えられず、顔に朱を注いで怒鳴った。
「俺に向かってその態度はなんだ。今まで育ててやった恩を忘れたのか」
甚八の響き渡る怒声に、陽が弾かれたように食卓から逃げ出した。
その事態があまりに想定外だったのか、甚八の妻すなわち陽の祖母である倫は、おろおろするばかりだった。
その日、陽を豹変させた甚八の一言は、こうだった。
「裁判所の審判が下りた。星子の失踪届を出して葬式をやる」
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