失踪宣告

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 星子とは、甚八と倫の一人娘で、陽の母親のことだ。彼女は陽を置いて姿を消したまま行方知れずになっていた。  彼女の事をこのまま放置しておくわけにはいかない、という内容の話を甚八が切り出したのは数ヶ月前のことだった。最初に聞いたとき、陽は甚八がついに母親を本気で探してくれる気になったのだと思った。しかしそれが誤解だということに、すぐに気づかされた。  甚八と倫の会話から、彼らが家庭裁判所に失踪宣告の申し立てをするつもりだと分かった。  それがどういうものか、まだ子供の陽にはよく理解出来なかったが、どうやら生死不明の人を〈法律上の死者〉にする手続きのようだった。  甚八には母親を探す気がなく、逆に彼女をこの世から抹殺するつもりだと悟った陽は、不安に駆られて倫に尋ねた。「どうして?」と。  倫は憂鬱な表情で端的に答えた。 「(うち)も楽じゃないんだよ。あの人も年でまともに働けないし、年金だけじゃ……。お前も来年から中学だろ、色々と物入りになるしね」  それと母親を〈死なす事〉とどう関係があるのか? 「星子はあたしに似ず、几帳面なとこがあったからね。国民年金とか貯金とか、ちゃんとやってたみたいだよ。失踪届っていうのを出せば、星子の残した貯金はお前の物になるんだよ。相続ってやつさ。国民年金からも死亡一時金ってのが出るそうだよ」  倫の口から〈死亡〉という言葉を聞いて、動揺した陽は「僕、中学に行くの止める」と言った。自分の進学が原因なら、中学なんて行かなくていいから母親を死なせないでくれ、という気持ちだった。  しかし倫から返ってきたのは、侮蔑したような冷たい視線だった。 「お前、馬鹿だね。中学は義務教育なんだよ。行かなきゃいけないもんなんだ」
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