第九章 氷原に咲く春告げの花

6/31
前へ
/272ページ
次へ
 でも、彼女には円佳の知らない恭貴との時間があって、そのことには羨望を感じてしまう。  傷ついた桃香を大切に守っていた彼は、今と同じなのだろうか……  そんなことを考える円佳に、恭貴は言葉を続けている。  「あんなことがあったから、余計に早く円佳と一緒に暮らしたいなってね。  同棲に抵抗感はあるかな」  「同棲、ですか?」  ()かれた円佳は考えた。交際歴の乏しい彼女にとって、同棲は遠いものだった。  円佳は大学を卒業するまで実家暮らしだし、交際相手も同じだった。学生だったので、一緒に暮らすという考えになれなかった。  「抵抗、というか、考えたこともなかったです」  円佳の返答は予想できたようで、恭貴は何度か頷いている。  「円佳は就職まで実家だったから、考えるわけがないか。  同棲に抵抗があるなら、形を整えたら大丈夫か?」  「形を整える?」  不思議そうに訊き返す円佳に、恭貴は頷きながら説明してきた。
/272ページ

最初のコメントを投稿しよう!

393人が本棚に入れています
本棚に追加