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「なんで俺、芋虫になってるの?」
「それはまあ、そうなるような薬を食事にまぜていたから」
「薬で芋虫になるものなの?」
頭の上で、ふぅ、と息を吐く音がした。
「あなた今、自分が芋虫なの本当にわかってる?」
「そりゃまあ。脚がたくさんあっても動かし方はわかるわけだし」
俺は前脚から順番にパタタッと一本ずつ脚を浮かせた。それに合わせて俺も波打つ。そういえば何で動かし方がわかるんだろう。芋虫だからかな。反対に指とか、そういう細かいものの動かし方はわからなくなった気がする。
「ひょっとして今まで芋虫にした人もみんな最初は自我があって、起きた瞬間発狂でもしたのかしら。なんだか悪いことした気になってきたわ。あなたのせいで」
「それ俺のせいじゃないんじゃ」
「まあ、そうね。でもどうしたらいいのかしら、気がひけるわ」
「俺も足を糸まみれにして気が引けてる。これ、糸吐かないで話す方法はないのかな」
「どうかしらね。まぁ、そういうものじゃないのかしら。結構たくさん出るのね」
「そう言われるのはなんだか恥ずかしい」
ひゅるひゅると口から出る糸の所在が気になって頭を左右に動かしたけど、結局10センチくらい先でふよふよ自由落下したから糸は彼女の膝に積もり続けた。
ジリリとアラームが鳴る。あ、7時か。
しばらく休んでいたけど今日は体調がいい。
「会社に行かないと」
「馬鹿じゃないの? その姿でいけるわけないじゃない」
「……そうか、でも連絡を入れないと会社から電話が来る」
「職場には退職の連絡を入れておくわ」
「そんな酷い」
「別に好きな仕事でもなかったんでしょう? それにもう人には戻れないわ。だいたいあなたも自分で自分の皮を食べちゃってるじゃない」
それもそうかも。でも働かないと家賃が払えない。
そういえば俺の皮。小さな脚をもぞもぞとか動かして膝から降りて、再び皮を食べ始める。
「キャベツあるわよ」
「うん、でもまあとりあえずこれを」
「なんで?」
「……俺は俺が嫌いなんだよ。だから消してしまいたい」
「……つくづく変な人ねぇ」
俺はずっと俺が嫌いだった。俺がこの世にいなくなる。だから、それは何か、俺をひどく安心させた。
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