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ある朝、俺が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で1匹の巨大な芋虫に変わってしまっているのに気づいた。
なんだ? これ。腹部に小さな脚がたくさんついている。順番にもぞもぞ動かすと僅かに後脚に引っかかっていた何かが脱げた。
「ううん」
左側から声が響く。
3重にブレた視界はしばらくたつと焦点が定まり、白い背中に浮き出る胸椎に固定された。俺、いま目が左右に3個ずつあるのか。視界は水平方向に広いけど前方が見えない。右側はふかふかと白いままで、多分ふとん。
小さい脚をもぞもぞと動かし、頭部をふとんの端から出す。俺の部屋。昨日寝たままの。左側に彼女の少し茶色い髪の毛。そして俺が踏んでいるのは、俺の皮。頭部の髪の毛。少しゴワゴワしているそれは、皮だけ残してぺちゃんこだ。骨はどこにいったんだろう。俺は俺から脱皮したのかな。
もぞもぞと自分の皮を食べる。青虫が自分が出てきた卵を最初に食べるように。味はしなかったけどざらざらした感触があった。芋虫には味覚がないのかもしれない。
俺は俺が芋虫であると正しく認識している。皮を食べるのは本能。皮を食べるごとに人であった自分が消えていく。そのことに何か深く安心した。
俺がもぞもぞ動いていたせいか左隣の彼女の頭が起き上がり、ベッドの表面が波打った。転がり落ちないよう小さな脚で踏ん張る。脚先についていた小さな鉤爪を俺の皮に引っ掛けた。
「んん、あら、随分奇麗に変態できたじゃない」
そんな声と共に背を撫でられる感触。上の方は見えないけど、彼女の手だろう。触れられた表皮が水風船のようにクネクネ動いて妙な感触。
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