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卵をキッチンの角に叩きつけて割りながら、綾子は今の生活に思いを馳せる。
生き物はああ言ったが、今の綾子は幸福だった。自分のことは自分でして、生き物と一緒に生きている今が。
だが、この生活に問題がないわけでもないのは事実だ。
「おはよう」
生き物がキッチンにのっそり入ってきた。綾子に体を擦りつけてから、そのまま床で丸くなる。
最近の生き物は、以前よりずっと早く起きる。
腹が減っているからだ。
一年前に綾子の母を食べてから、生き物はずっとなにも食べていない。
綾子の愛した家族はみな食べてしまったし、綾子は外の人間を積極的に愛そうとしなかった。
生き物は綾子が愛する人間しか食べることしかできない。食べなければ餓死するだけだ。
綾子の幸福な日常の中で、生き物は穏やかに死につつあった。
綾子は一度だけ、何か別のモノを食べて生きられないかと生き物に尋ねたことがある。
生き物は静かに答えた。
「無理だね。我々は、こういう生き物なんだ」
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