第一部:猫田編

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 四月の日差しには、冬で凝り固まった体を矯正する暖かさがある。 自ら体を動かしに行きたくなるような誘惑がある。  今日は彼氏の猫田と鎌倉デートだ。絶好の行楽日和。  上着一枚でも十分な陽気であった。    「いい天気だな。小春日和って感じだなあ。  報国寺って竹で有名なお寺なの?   県内に住んでいるのに、意外に知らないもんだなあ」 中古のビートルのハンドルを握りながら、猫田が嬉しそうに話す。    私は植村佐知、二十九歳、会社員。 助手席に座って朝食代わりのカフェラテを一口飲みむ。そして首を傾げた。 「猫田、小春日和っていうのは、  寒い時期の暖かい日のことをいうんだよ」  中高生までには間違えて覚える言葉ですらこんな彼だ。少々のおバカはご愛敬といいたいが、私は教養としてきちんと教える。  小学生が理解できるレベルで説明するのが、猫田にはちょうどいい。 「へえ、そうなんだ。やっぱり佐知ちゃんって頭いいよな。さすが大卒!  でも、知らずに三十四年間生きてきた俺もすごいよな。  どっかで知るチャンスくらいあったはずなのによお」  照れ隠しでもなく強がりでもなく、猫田は自分の教養の低さを受け入れていてうまく切り返せる男だ。  私の彼の名は、猫田俊樹、三十四歳、会社員、趣味は草野球。  本人曰く『名前が書ければ合格できる高校』で野球の特待生として活躍したそうだ。そして、現在所属している会社の社会人野球部に入った。 二十八歳で現役を引退し、今では総務部に籍を置いている。  そんな彼の仕事内容は、雑仕事や力仕事、健康診断後の社員への運動指導などだ。  リストラリストの最前に名前が載っていそうだが、心が擦れることもなく熱心に仕事をこなす彼はさすがだ。  契約金なるもので仲間たちが新車の外車を購入する中、彼は堅実に 中古を選んだ。 「俺はもう外車なんて買えないからな、乗りつぶすまで頑張るぜっ」  金銭感覚はまっとうだし車を大切にする姿に、私は誠実な人柄を感じている。 「私、猫のその感覚、好きよ」  彼の良さをきちんと口に出してあげるのも、彼女の役目だろう。 猫田は前方を見ながらも、ニタニタしながらチラチラ私を見てくる。 「俺のことわかってくれるのは、優しくて賢い、佐知ちゃんだけだよお」  赤信号で停止し、わざとらしくチューの口をしてくる猫。私は嬉しさを隠してハイハイ、とその口にキシリトールガムを放る。  付き合って三年、未だに愛情いっぱいの掛け合いができる二人。  猫田と私、こんなに幸せでいいのだろうか。
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