ホットコーヒーだった。

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 クールな人、というのだろうか。駅前のカフェの隅でテーブルに片肘をついて目を伏せ、もう五分は同じページを眺めている。文庫本サイズの小説かエッセイだろうか、考え込んでいるのだから自己啓発本の類か。  私はといえば、もう2時間も冷めきったコーヒーとお見合いしている。ひと仕事終わらせてしまおうと先に店に入ったものの、あと三十分くらい遅れるという連絡を受けたのがちょうど二十分前。ちょうどいい時間にワープさせてくれると思っていたノートパソコンはとうにお役御免になってしまった。どうせなら次の一杯は一緒に選びたいのだけれど、ちびちび飲んでは減っていくこの冷めたのを前に時計とにらみ合っている。  彼は大学の同級生だった。第一印象はとにかく明るいという感じで、いつも一歩引いてしまう私にも気後れさせない雰囲気があった。教室で話しかけられたのが初めての会話で、偶然共通の友人がいるとわかり、そのうち二人で食事に行くようになった。  私たちがいい感じだとなると友人は大抵「珍しい組み合わせだね」と言った。今思えばあの時は互いに必死だったのだ。新しい場所で明るくなろうとした私も、人気者になろうとした彼も。時が経つにつれて私は彼の明るさを能天気だと感じるようになり、彼は私の内気さをつまらないと煙草の煙とともに吐き出した。  それでも、私たちは、ひとりになるのが怖かった。  そうして大学を卒業した今でも、今こうして私は彼を待っている。  何度目かもわからない時計を見たとき、ポニーテールの女性が視界を横切った。きっと男のひとに好かれるのはこういうタイプなんだろうな、と思う。水色のスカートを揺らして白いヒールが足早に弾んだ先には、本から顔を上げて目尻を下げた彼がいた。 「ごめん、もうちょっと早く来られればよかったんだけど」 「仕事でしょ、仕方ないよ。お疲れさま」  なんだ、全然クールなんかじゃないじゃん。恋人だけに見せるギャップ? 恋人ってこんな感じだったっけ。そもそも恋人って何だっけ。幾度となく口に運んだコーヒーをぐいと飲み干した。少し傾けただけで中身のなくなったカップは、とん、と軽い音だけを立ててテーブルに着地してしまう。  うつむいた私の視線をさえった人影は、今度は私の前の椅子を引いた。 「もう飲み物ないじゃん。頼めばよかったのに」  それってわざとおどけて言ってるの。それとも私を怒らせようとしてるの。 「てかそんなに待ってたんだ」 「ねえ、」   何がクールだ。何が冷めきったコーヒーだ。 「私達、もう終わりにしたいの」  本当に冷めていたのは私に違いなかった。
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