君が残していったもの

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 わかりあえないまま、数十年を共に過ごすことができればそれでいいと思っていた。  君と同じ映画を見て笑い合うことはなくても、言葉を尽くしても何一つ伝えることができなくても、それはそれでいいと思っていた。  僕はその不和や不便が好ましかった。  不調や不快が、なぜかときおり心地よく感じた。  それが、恋とか愛とかいうものなのだと思っていた。  でも君はそれがとても嫌いで、いつも気持ちが悪いのだと言う。  同じものを見て笑って、言葉を交わさなくても互いをわかり合える関係になりたいのだと言う。僕は「それは無茶だ」と言った。  僕だからというわけではなく、例えこの世に存在する全ての人間と相対したとしても、それは無茶なことだと思う。  例え相対した存在が同性でも、同類でも、同族だとしても、二人は決して同一ではない。  僕とは違う身体があって、違う心を持っていて、違う考えがあって、違う夢を持っていて、違う言葉を発して、違う人生を生きてきた。だからこそ僕らはわかり合えず、だからこそ僕は君が好きだった。  でも、君はそれが嫌いだから別れたいのだという。  それはそれでいい。それはそれで、仕方ないと思う。  でもきっと、僕のこういった態度が、君は一番嫌いなのだろう。 「君がそれで満足して、今よりも幸福になるならそれでいい」  そう伝えると彼女は失望したような暗い瞳でこちらを見た。  きっと「別れたくない」とか「僕が悪かった」とか言ってほしかったのだと思う。でも「別れたくない」と言うのはただのワガママだし、僕は僕のことを悪者だとは思えなかった。  彼女は涙を服の袖でぬぐって、足下に置いていた荷物を持って部屋を飛び出していった。  メロドラマなら、追って抱きしめて謝って一時的に和解するのかもしれないが、それは現実的ではない。  彼女は僕より足が速いし、僕が彼女を抱きしめる権利はついさっき失ってしまったから。
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