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36話
そう…私はあの時、ユヅルに刺されたという事を受け入れられなかった。
震えた手で私を刺し、後ろに後ずさる彼の横にはいつの間にかアラクが立っているのが見えた。
どうしてかは知らないが、私が闇の者であることを知った彼が、光の者であるアラクと話し光の者の味方に付いた。
とその時の私は考え、彼を恨めしく思い何かしらの傷跡をつけてやろうと思った…が、私は彼に傷1つ付けることが出来なかった。
大好きだったから。
何よりも大切だったから。
…世界一愛しい人だったから。
だから私はこのまま何もせず静かに息を引き取る事に決めたのに…そんな私に待ち受けていたのは更なる絶望だった。
血が流れ、四肢が段々冷たくなっていくのを感じながら、瞳を閉じてその時を待とうとしていた時、
「ぅぐっ…!」
とユヅルの苦しそうな声と共に、ドサッと横に何かが倒れる音がした。
「…ぇ、」
閉じかけていた瞳を開け、そっと隣を見てみると、倒れていたのは言うまでもなくユヅルだった。
「な、んで…。」
どうして、なんで…どうして、ユヅルが?何が起こっているのか現実が受け止めきれず、ボーッとする頭で必死に考えを巡らせた。
ユヅルの体には直径10cm程の穴が空いており、そこから微かにアラクの力の気を感じた。しかしその時にはアラクの姿はもうなく、誰もいない森の中2人の男女が血だらけで倒れている状態だった。
「ユ、ヅル…」
傷が開く覚悟で身体を引きずりながら、彼と元へと近づく。手と手が触れ合いそうな距離まで来た時、彼の手がピクっと動いた。
「ごめ…カナメ。ごめ、ん。僕、アイツから、色々聞いて…ごちゃごちゃで、訳分からなくなって、こんな事…。君を、信じるべきだっ…たのに。ごめん…ごめん、な。」
「大、丈夫…。もう、大丈夫だ、から。」
涙を流しながら肩を震わせてそう言う彼に、私は愛おしさと同時に"アイツ"に対する煮えたぎるほどの怒りを覚えた。
きっと私達はもう助からない。血を流しすぎているから。
私の望みは何一つ叶わなかった。
光も闇も何も関係なく笑顔で暮らして欲しい。幸せな時が永遠と続いて欲しい。ユヅルとずっと一緒にいたい。彼の命尽きるまで、ずっと…。
死ぬことは覚悟していた。人間界に来る前から、私はもう血を流しすぎて視界も良く見えていなかった。きっと助からないって。でも、それでも彼さえ生きていればよかった。
彼に刺された時は、正直ただ死期が早まったくらいにしか感じなかった。一瞬裏切られたように感じ彼を恨めしく思ったものの、それでも彼を傷つけることは出来なかった。
私を忘れて幸せに過ごしてくれればいい。一日でも長く生きてくれるだけで…。そう、思っていた。
それなのに、それなのになぜユヅルが死ななければならないの?
ユヅルは何の関係もないじゃない!死ぬのは私だけで十分よ。
私達の…神界での問題にら人間である彼を巻き込むなんて間違っている!
アラク…彼は光の幹部の中で1番エリスの近くにいた。だから彼が、私とユヅルの事を耳にしていてもおかしくはない。実際、私が人間界にいると踏んですぐにユヅルの所へ来て話をしたということは…きっと前々からユヅルについて調べていたってこと。…他の光の者と同じく私のことをよく思っていなかったんでしょう。
アラクがユヅルに何を言ったかは知らないけど、勝手な自分の主観と憶測でユヅルを惑わした事には変わりない。
アイツがユヅルに何も言わなければ…、アイツがユヅルに関わらなければ…。アイツが…アイツさえ何もしなければ、こんな死に方になんてなってなかったのに!
アイツが憎い
勝手な自分の考えで誤ったを行動し、最悪な結末に導いた。必要のない人までも巻き込んで、その尊い命を失わせた。
…このままでは終われない。彼をこんな目に合わせたアイツを許せない…憎い!
それなのに、大した神力もなく何も出来ない自分が悔しい。もう、このまま死ぬしかないの?こんな思いを抱えて虚しく死に、また新しい自分として何も知らないまま闇の世界を統治しなくてはいけないの?私をこんな目に遭わせた奴らを、何も知らないまま守らないといけないの?そんなの…絶対に嫌。
これからもあんな奴らがのうのうと生き続けるなんて…何か私に出来ることは…何か。
朦朧とする頭で考えを巡らせる私に、ふとある案が出てきた。
そうだ…今ある記憶を次の私が現れるまで、どこかに隠しておけばいいんだ。
いつの日か自分が私の生まれ変わりだと気づいて、闇の支配者としての覚悟を決めた時、この記憶が戻るように。私の叶えられない願いを引き継いで貰えるように。
私は自分のこの憎しみに溢れた記憶を丸め込み、そこに私の限界までの神力を加え、神界まで飛ばした。
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