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5話
『ユヅルー。ユヅル~…。』
誰?知らない女の人が誰かを呼んでいる…。それを聞き、''ユヅル''と呼ばれた男の人が笑いながら振り返った。
『カナメ、またぶつけたのか。』
女の人はうん…と恥ずかしそうに俯いた。それを見て男の人は優しく微笑み、大きな手を彼女の頭へポンと置いた。
『カナメは意外とドジっ子だからなぁ。』
『何でだろう…力は私の方が強いのに。』
『いつか俺がカナメより強くなって、守るよ。』
『…うん、待ってる。』
そんなのあるわけない。あなたは私より力の弱い"人"だから。私とあなたでは力の差がありすぎる。そんなこと無理だって、あなただって分かっているはずよ。…でも、それでも私は待ってる。こんな毎日がずっと続いてほしいから。あなたとの幸せな毎日が永遠であってほしいから。
「ん…。」
とそこで目が覚める。何だろう、何か物語のある夢を見たような…?考えれば考えるだけ、夢に霧がかかり、思い出せそうで思い出せない。
「おーい、ユイ。起きてるか~?」
「今…ふわぁ。」
『今起きました』と言おうとしたが、欠伸をしたい欲が勝ってしまった。それを聞いた扉の向こうのリオンさんは笑いながら、
「準備終わったら下来いよ。朝飯できてっから。」
と言い、階段を下りていった。ぐぐっと背伸びをし、周りを見渡す。ここはもう私の家じゃない。知らない家具、知らない構造…まるでホテルにでも来たような気分だ。私はベッドから降り、洗面所に歩いた。1部屋に洗面所とトイレがついており、ほぼこの空間にいれば、ご飯以外は生活ができる。
ここで生活すること、別に後悔はしていない。学校も友人も家族も全て捨て、ここに来たことを私は不思議ながら1ミリも後悔していないのだ。むしろ重荷がとれて、自由になれたような気がして清々しい程だ。でも…。鏡に写った自分の顔を見る。そこにはスッキリした顔つきの他に、ほんの少しの不安が写っていた。
「おっ!来たか。」
階段を降り、リビングと思われるドアを開けると3人がソファに座って、朝食を囲っていた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。」
「いえ、女性は準備が長いと聞きますからね。」
「クレイ、フォローになってないからねそれ。ユイちゃん、よく眠れた?」
「はい。昨日は失礼なことを…。」
昨日のことについて謝ろうと、アラクさんに頭を下げようとしたところ、その前にすぐに手で制された。
「全然大丈夫だよ。疲れてただろうからね。」
「…はい。」
ニコッと笑顔を向けるアラクさんに、私はとっさに顔をそらした。あなたのことが一瞬苦手だと思っていました、なんて絶対に言えない…。
「……どうかした?」
横から顔を覗き込むアラクさん。私はその顔の近さに驚き、
「あ、いえ!ごめんなさい。…わぁ!美味しそう。これは誰が?」
と露骨に話を逸らしてしまった。すると空気を読んだのかリオンさんはいつもより少し明るめの声で答える。
「俺が作ったんだぜ。シェフ顔負けの旨さだぞ!」
「リオンさんが?意外。」
「料理はほとんど俺がすることになってるからな。…お前今日暇か?」
「あ…うん、暇かも。」
平日にも関わらず学校という予定がない。これは私が決めた道だ。そこでふと、学校の人の事を思い出す。…私が学校をやめたこと、友人はどう思っているだろうか。申し訳ないという気持ちと裏腹に、これからずっと学校に行かなくていいという、少しの優越感が残る。
「んじゃ、ちょっと買い出しに付き合ってくれや。」
「買い物…?」
「おー。今日の晩飯に材料が少なくてな。」
することのない私はその後オーケーを出し、朝食を頂いた。その間、アラクさんの視線が痛いほど刺さっていたが、彼から話しかけてくることはなかった。ほっ…。
「アラクと何かあったのか?」
「え!?」
買い出しの店へと歩いているとき、ふとリオンさんが話しかけた。緑の木々が道路にそって綺麗に並んでいるその道。周りには私達以外歩いていない。ただ静かに通りすぎる車がまだらにあるだけ。
「…何もないよ。」
「ふ~ん。…まぁ、話したくなった時に話せよ。俺は待っとくから。」
とリオンさんはこちらを見てそう言った。強制されなくてよかったものの、その後ずっとリオンさんが口を開くことはなく、気まずい空気が流れる。
…本当に待ってくれている。普通何日か後に話してくれればいいという意味なのではないのか?そう思い、リオンさんを見やる。
「リ、リオンさん…?」
「ん?なんだ?」
嬉しそうにすぐ返事をしたリオンさんに、私は言いずらそうに口を開いた。
「あの…待ってくれてます?」
「おう!約束だからな!俺はいつでもいいぞ。」
準備満タンだと言いたげに、自分の胸を叩いて見せるリオンさん。こんな大型犬のような人を私はいつまで"待て"させておく気だろう。こんなどうでもいいような、私1人の問題に。
「リオンさん、アラクさんとは何もありませんよ。」
「そうか?明らかにお前、あいつのこと避けてただろ。」
「うっ…そうなんですけど、本当に何もなくて。……ただ何となく苦手、というか。」
リオンさんは私の答えを聞き、なんだぁとため息を漏らした。
「あいつを初対面で苦手っていうのは珍しいな。アラクはだいたい好かれるから…ユイは別に嫌ってる訳じゃないんだな?」
「え!?もちろん!嫌う理由もないし…。でもあんなに避けちゃって、私が嫌われていないか心配で…。」
「それは大丈夫だぞ。あいつもむやみやたらに人を嫌うような奴じゃないからな!」
ニカッと笑うリオンさんを見て、抱いていた不安がなくなったように心が軽くなった。
「そうだといいな。」
「ぜってぇ大丈夫だって!よし、それは解決したとこだし、もうすぐ店につくぞ。荷物持ち、手伝えよー。」
「うん!」
家を出るときとは全然違う、すごく晴れやかな気持ちで返事をした。
アラクさんともだけど、皆とももっと仲良くなれたらいいな。
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