からかうのやめろ

1/1

45人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

からかうのやめろ

「うわっ」 俺がうたた寝から目覚めると、そこにはそき姉がいた。 ただいただけじゃなく、めっちゃ近くに顔を寄せていたので、俺はびっくりして椅子から跳ね起きた。 「何」 「起こしてしまってすまん」 「いいけど。何だよ」 そき姉はまだ俺のことをジッと見つめている。 俺は眉間にしわを寄せ、自分の顔を触った。 「何だよ。俺の顔になんかついてる?」 「いや」 そき姉がいつになく言葉を濁すので、俺もちょっと緊張する。 「なに」 そき姉は俺の傍にぐっと近づく。すぐ近くで本を読んでるやつらに気を使ってるらしい。 なんか果物みたいな、いい匂いがする。そき姉は何かをつぶやいた。 「————み」 よく聞こえなくて俺がさらにかがみ込むと、そき姉は自分の唇に手を添え、俺の耳元にさらに顔を寄せた。耳にそき姉の吐息がかかってイきそうになる。 「君の髪、それはどうなっているんだい?」 「髪?」 「金髪に染めているが、染まっていない地毛の方の髪の毛の色も違う気がするんだが」 俺はその時、そういえば髪をしばらく染めてないことを思い出した。俺は舌打ちし、ああ、これ、と言って自分の頭を触った。 「生まれつき。部分的に白くなってんの。 なんか遺伝子のなんとかで、こっから生えてくる髪だけ白いんだよ。 そのことについて言われるのめんどくせーから最初から染めてんの」 「そうなのか。色が違うのは一カ所だけか?」 「いや、後ろにも……ほら」 そう言って俺は後ろを向き、髪の毛を下から上に持ち上げた。そき姉はすこし間を置いてから行った。 「髪に触って良いか?」 おれはどきりとした。 「いいけど」 「ありがとう」 そき姉の指先が、遠慮がちに俺の髪を持ち上げる。 「本当に根元まで白いんだな」 そのわずかに触れる感じがくすぐったいような、気持ちいいような感じで、おれは一瞬ぶるりと震えた。そき姉はぱっと手を離す。 「悪い。痛かったか?」 「いや」 俺は左右に頭を振った。頭触られてキモチよくなったとか言えねえし。俺が黙っていると、そき姉が自分の手を見ながら小さな声で言った。 「私の髪は太くて硬くてな。きみの髪は柔らかくていいな」 「あ?そうか?」 「ああ、昔飼っていた猫の手触りに似ている」 「あっそう」 「なあ、君さえよければ、もう一度触ってもいいかい」 「え?お、おう」 俺は緊張しながら、椅子に座り直した。 そき姉の手が俺の頭のてっぺんにふわりと触れる。おれはまたびくりと震えた。 そき姉はその手を、とてもゆっくりなで下ろした。 不思議な感覚だった。気持ちいいのに、身体から空気が抜けていくように、ふわふわと全身から力が抜けてく。なんだか涙まで出そうになって、俺は目をぎゅっと瞑った。 そき姉はしばらく俺の頭を撫でた後、ゆっくりと手を離した。 「どうもありがとう」 「いや……うん」 俺は自分の頭をさすりながら、ちらりとそき姉を振り返った。 そき姉はいつものように、満足そうに笑っている。 俺はその表情を見た瞬間、またしてやられたということに気がついた。 俺はそき姉を睨んだ。 「あんた、わざとだろ」 「何がだ?」 そき姉は本当に何を言っているのかわからない、と言う顔で目を見開く。おれは舌打ちし、それ以上追求するのを止めた。 それに追求したって、俺が恥ずかしいだけだ。 俺は腕を組み、足を前に投げ出した。 ゆっくりと、はーっと大きなため息をついてから目をつぶった。 それからできるだけ重々しい口調で言う。 「なんか……ずりいよな」 「何がだ」 「なんか全部そき姉の思い通りだろ」 「そうか?今日は君の言うとおり、デートしたじゃないか」 「でもおれのやりたいことは通ってねえ」 そき姉は真面目な顔で頷いた。 「ふむ。確かに、当初きみがやりたいと言っていたことは未だ達成されていないね」 「そうだよ」 「では、次のデートの内容にスキンシップが含まれれば、君の要望に応えたことになるかい?」 そき姉の言葉に、おれは一瞬目を見開いた。 「ふくめてくれるの?」 「ああ」 「マ」 マジかよ、と言いかけてやめた。 俺は見開いた目と口をゆっくりと閉じていく。 待て待て。おれは今までで学んでる。これがこの女のやり口だ。 このクソ女はいつも、こうやって期待だけさせて、俺を思惑通りに操る。 そんでもって最後はまた言葉を並べ立ててするりと逃げるんだ。 俺はフンと鼻を鳴らした。 「スキンシップとか言って、どうせ手つなぐとかだろ」 「おや、手をつなぐのはだめかい」 そう言ってそき姉はくっくっくと笑った。やっぱりな。 でもそき姉が続けていった言葉に、俺はさすがに度肝を抜かれた。 「じゃあ胸ならどうだい」 「いいの⁉」 おれは大声を出して椅子から立ち上がった。 白黒の眼鏡どもが一斉にこっちを見る。 そき姉は人差し指をつやつやした唇に立てて、しー、と言ってから話を続けた。 「ただ、2つほど条件がある」 俺は脱力して椅子に座った。 「何だよ。結局それがくっそ難しいんだろ。俺はわかってんだよ。 そき姉は勝算のある勝負しかしねえ」 「確かに大体の場合はそうだが、そうじゃない場合もあるぞ」 「へえ。どんなときだよ」 「たとえば――――負けても良いと思うときだ」 おれはぽかんと口を開けてそき姉を見た。 次の瞬間、いろんな感情がぐわっと俺の胸を一杯にする。 なんだよ、ずりいよ、その言い方。 俺は下を向いて、掠れた声で呟く。 「じゃ条件はなんだよ」 「そうだな。カードゲームでもするか」 「はあ?なんだよそれ」 「ゲーム性があった方が良いだろう」 「ならじゃんけんで良いじゃん」 「そうはいかない」 「なんで」 そき姉は微笑みながら俺を見ている。 窓から差し込んだ光で、そき姉の髪の毛の一筋一筋が、きらり、きらりと光っている。 向こうの席のメガネがこほんと咳をする音が聞こえた。 静かだった。 俺は息苦しささえ感じながら、じっとそき姉の目の中の光が揺れるのを見ていた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加