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あなたに唄を
エストレジャは涙を流していないのに泣いているように見えた。
僕は拒絶されてしまったけど、あなたを笑顔にしたい。
僕は唄を歌った。愛の唄。
「――――♪」
僕の唄には母さまみたいな大きな力はない。
ただほんの少しの幸せを運ぶだけ。
あなたの微笑みはみんなを幸せにするよ。
あなたは僕の特別な人。
あんたに嫌われてしまっても僕はあなたの幸せを願ってる。
そんな想いを乗せて唄を歌う。
あなた以外番うつもりはないから旅はここで終わり。
遠くからあなたの事を想って生きる事にするよ。
あなたがこの世界から消えてしまっても僕はずっとずっとあなたの事を想い続けるよ。
エストレジャは真珠のような涙を流していた。
「―――なん…で…?」
「僕はエストレジャ、あなたの事が好きなんです。あなたに嫌われてももう僕はあなた以外を愛する事はできない。あなたの元を去ってもあなたの事をずっと想い続ける事だけは、どうか許してください…」
「――あなた…名前は?」
言われて初めて名乗っていなかったと気づく。
その声で僕の名前を呼んで?
「ソル。ルーチェとウルティモの息子、ソルです」
「―――ソル…。あたしで…いいの?」
涼やかな声が僕の名前を呼ぶ。
たったそれだけの事なのに嬉しくてうれしくて堪らなくなる。
「違います。あなただからいいんです。あなただけがいいんです」
「ソル…っ!あたしも本当は―――あなたの事が好き…っ!大好きなの!」
「エストレジャ…っ嬉しい……」
エストレジャを優しく抱きしめる。
お互いの気持ちを確かめ合い僕たちは幸せの中にいた。
なのに、エストレジャは僕の腕の中から出ると厳しい顔をしてこんな事を言った。
「――でも、あなたは帰るべきだわ…」
「どうして?」
「だって…同性婚は許されていないわ…」
「そんな事、何も心配いりませんよ。さぁ、僕の手を取って?」
短くはない逡巡の後、おずおずと手を差し出すエストレジャ。
その手をぎゅっと握り外に出て、僕は竜体へと姿を変えた。
「え?ソル??え??」
混乱するエストレジャに優しく語り掛ける。
『エストレジャ、どんな姿をしていても僕は僕ですよ。それともこんな僕は嫌ですか?』
「ええ、ええ、どんな姿でもあなたはあなただわ。ソル」
僕は目を細めエストレジャを見る。
騒ぎを聞きつけて集まってくる人々。さっきの連中もいる。
突然の白き竜の出現にどうしていいのか分からないようだった。
『エストレジャは我が花嫁として連れてゆく。人間よ、もっと物事の本質を見る目を養え。誰もが自由であり誰もが幸せであるべきだ。我はお前たちに期待している――』
そう言い残しエストレジャを懐に大事に抱え飛び立つと西の空へと消えていった。
それから世界はまた少しの変化があったようだが、その話は今回は語らないでおこう。
*****
僕はエストレジャという最高の番を得て、両親を二人で見送る事ができた。
幸せな時を長く過ごし沢山の子どもたちをもうけ、時々町へ降りては世界の変化に二人で顔を綻ばせた。
僕たちはずっとずっと幸せだった。
世界は変わる変わる。
愛しい人の幸せのため。
自分のため人のため。
優しく優しく世界は繋がっていく。
世界に起こった少しの変化もソルの『愛の唄』がもたらした奇跡だったのかもしれない。
-Fin-
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