碧の匣

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────ふと気づけば、私はその巨大な水槽の前にいた。私の視界四方を埋め尽くす匣は不気味な緑色の液体に満たされおり、時折奇怪な機械音を立てていた。 ────────さむい。 真夏にガンガンに冷房をかけているような、身体に悪い寒さが、身を包み、全身を突き刺してくる。 どこか遠くで俄かに水が波立つ。臓腑に響く鈍重な機械音は絶えることなく鳴っており、不快指数を募らせる。 辺りは薄暗い。一面の碧。水槽に囲まれている。私は碧の匣に閉じ込められている。 そして、眼前の水槽の中にはなにがいるのかはよく分からない。 ただ、気配はあった。光もなく、ただ閉ざされた空間にいる〝それ〟は物寂しそうに此方を見つめている。 私はいつも水槽の中にいる〝それ〟の正体を知りたくて、恐る恐る、碧の匣へと手を伸ばす──── …………そこでこの夢は終わる。 私は今年で十九歳、後数時間で二十歳になるが、一向にこの悪夢の終わりが見えない。一体何を示唆しているのか、水槽の中に何がいるのか、もう十五年経つというのに、全くわからないでいる。 友達や先生、時には精神科にも通ったりしたが、結局のところ、よく分からなかった。 「────────っ」 頭が割れるように痛む。走る激痛に思わず頭を手で押さえる。 私は歳をとるごとに、この頭痛に悩まされていた。医者に聞いても、原因は分からないと言う。 ────「ただの偏頭痛でしょう、直に良くなります」何度その謳い文句を聞いてきたのだろう。頭痛薬は効かないから、代わりに睡眠薬を服用した。眠れば、痛みは関係ないから。 だけれど、眠ったら眠ったで、あの悪夢が待っていた。悪夢を見る頻度は忍び寄るように徐々に増していき、私の日常生活に支障を来たし始めていた。頭痛のひどい日には、大学にも行けず、ずっとベッドにくるまっている。そして、悪夢の頻度に比例するかのように頭痛に悩まされる期間も長く、痛みも強くなっていったのだ。 夢に出てくる〝それ〟は、私を悪夢へと引き摺り込んでいく。寂しくて、愛しくて、堪らないといった調子で。 何故、この夢を見るようになってしまったのだろう。あのハワイの旅行からだが、悪夢との関連性が一向に見出せずに、今日まで生きてきた。それに変な事に、ハワイ旅行以後の記憶が、どうにも曖昧だった。生きてきたのは自分なのに、人生が、記憶がどうも他人行儀だった。自らの人生を思い返すと、どこか引っかかるような────そう、まるで第三者の記憶を覗いているかのような感覚になるのだ。その事が、余計に悪夢の気味悪さを際立たせていた。 そんなことだから、こんな風に思ってしまっていた。 ────本当に私は、私なのだろうか、と。
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