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虹色の持ち主は、直江 弘也さんという、カフェから徒歩十分ほどのところに本社ビルがある文具メーカー勤務の男性だった。
年齢はわたしより三つ上の二十八歳。隣県に実家があるが、ここから地下鉄で三駅のところに部屋を借りて一人暮らしをしているらしい。
ちなみに彼女はいない。
なぜそんな個人情報を知り得たのかというと、直江さんは営業という仕事柄、外回りも多く、あれ以来度々来店してくださるのだ。
実は前々からよく店の前を通っていて、ずっと気になっていたそうだ。
それであの日、雨宿りを口実に立ち寄ってみたのだと教えてくれた。
初対面で少し打ち解けていたわたし達は、直江さんが来店される度に言葉を交わすようになり、自然とお互いのことも話すようになっていった。
そして直江さんの周りは、いつもカラフルだった。
親しくなるにつれ分かったことは、直江さんは感情の種類が実に豊富だということだった。
色の形や輪郭、印象が大きく変わることがないことから、直江さんの落ち着いた気質が読み解けたけれど、だからといって物静かというわけではなく、嬉しいとき、楽しいとき、疲れているとき、残念がるとき、同情するとき…他にもいろんな感情を、彼はわかりやすく表に出していたのだから。
例えわたしの特異体質がなかったとしても、直江 弘也という人が感情豊かであることはすぐにわかっただろう。
それを天真爛漫と呼ぶのかもしれないが、わたしは、ちょっとだけ違うような気もしていた。
確かにいつお会いしても明るく笑顔を絶やさない人だけど、無邪気とかそういう種類でもなくて……うまくは言えないけれど、とにかく直江さんは、優しくて、裏表や嘘のない、素直な人なのだ。
そしてそんな人柄は他人を惹き付けてしまう人タラシな一面もあって。
店員の中にも男女問わずファンは増えていった。
かく言うわたしだってその一人である。
ただ、他の店員と違っているのは、その好意が、いつの間にか恋心へと進んでしまっていたのだ………
何がきっかけだったかなんて、今となっては思い出せない。
でも初対面から強く惹かれていたのは事実だ。
それはもちろん、彼の色だけではなく、その人柄にも。
自分を濡らした雨空を見上げて『暗い色も結構好き』と言いながら微笑む姿にも興味をひかれたし、何度かお会いして知っていった、ものの考え方や発想も穏やかであたたかくて、会話する度に気持ちが和んでいったのだ。
一緒にいて心地い人――――
そう言って色めき立っていた同僚に、わたしは大いに同意しつつも、もしかして彼女達の誰かがライバルになってしまうのでは…という焦燥感に動揺してしまった。
どうしよう、彼女も直江さんのことが好きなのかな……
自分のことは棚に上げて、まるでわたし以外の人は直江さんに恋愛感情を持ってほしくないだなんて、わがままが過ぎる感情を持て余していたある日の帰宅途中、わたしは幸運にも片想い相手と遭遇することができた。
もうすっかり日も暮れた帰宅ラッシュの時間帯を少し過ぎた駅前で、いつもの虹色を見つけたのだ。
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