46人が本棚に入れています
本棚に追加
突然のことにギクリと足を止め、声の方を振り向いたわたしは、その人物にまたびっくりした。
「直江さん……?」
いつもスーツ姿だった直江さんが、ラフな私服姿でガードレールにもたれかかりながら虹を泳がせていたのだ。
「もう仕事は終わりだよね?」
うっかり最後に見かけたシーンが蘇りそうになり、わたしは取り急ぎ返事をした。
「え?あ、はい、そうですけど……」
頷いたわたしに、直江さんは「今日もお疲れさま」と労いの言葉をくれる。
「ずいぶん久しぶりになっちゃったけど、元気だった?」
正直、元気……ではなかったけれど、ただの社交辞令に本音を吐露するほど幼くもない。
わたしは「元気ですよ。直江さんもお元気でしたか?」と、ごく常識的な受け答えをしてみせた。
てっきり直江さんからもわたしと似たようなセリフが返ってくるのかと思いきや、意外な答えが飛んでくる。
「俺はずっと出張で、実は今日の午前に帰国したばかりなんだ」
いつもと変わらず人当たりのいい柔和な態度だったけれど、今日の虹色の真ん中には紫が出ていた。
この直江さんの紫は、疲労感……そう感じた。
けれどその色さえも、彼の放つカラフルの一色としてとても美しく見える。
疲労感さえもが、直江 弘也という人間を彩る魅力のひとつになってしまうのだ。
これが、惚れた欲目なのかはわからない。
けれど直江さんの表情や態度には疲労感なんて滲んでいなくて、つまり、彼にはそれを補って余りある他の感情がたくさん備わっているということだ。
わたしは「それは大変でしたね……」と相槌打つ一方では、直江さんの凄さをひしひしと見つめていた。
すると直江さんがガードレールから体を離し、わたしに歩み寄ってくる。
右手がトラウザーパンツの後ろにまわり、ポケットから何かを取り出したようだった。
最初のコメントを投稿しよう!