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「……本当にありがとうございます。でも、今度来店された時でもよかったのに……」
久しぶりに会えて嬉しいのに、それを複雑にしてるのはわたしの恋心だ。
その結果、ギクシャクしたお礼しか口にできない。
けれど直江さんは、いつもの人当たりのいい笑顔と色でわたしに答える。
「でも、俺が少しでも早く雪村さんに会いたかったから」
さらりと言われたセリフに、わたしはドキリとした。
それは社交辞令にも聞こえるし、そういった会話にいちいち胸をときめかせるほどわたしは純朴でもないけれど、片想いの相手から言われたとなれば話は別だ。
「なに、言ってるんですか……?だめですよ、彼女がいるのに、そんなこと、彼女以外の人に軽々しく言っちゃだめですよ」
動揺が話し言葉に干渉してくると、わたしは上手く笑えてる自信もなくなっていく。
だが直江さんは「え?彼女?」と、きょとんと尋ね返してきたのだ。
ただの顔なじみの店員でしかないわたしに、こんな踏み込んだプライベートなことを知られたくないかもしれないけれど、あの光景を見ていないフリでやり過ごすのは難しかった。
ところが、思いつめるわたしに向かって、直江さんは心底不思議そうに、
「彼女なんていないよ?」
そう言ってのけたのである。
その瞬間、ピキンッと、わたしの心に不意打ちの針が刺さった。
わたしなんかに彼女の話をするつもりはない――――そう言われたように感じたからだ。
だが、嫌でも目に入ってくる直江さんの色達は、どれもが角を持っていない、円形の輪郭を保っている。
それはつまり、今の直江さんの中に尖った感情や嫌悪感の類は含まれていないということで。
わたしは、特異体質の感情のカンニングをしても、直江さんの本心を探ることはできなかった。
「………でも、わたし、見たんです」
このままでは会話が停滞してしまうと思い、わたしはさらに深く推し進めることにした。
するとまたもや、直江さんは首を傾げる。
その反動で、虹色も右に傾いた。
「見たって、何を?」
本気で心当たりがなさそうな様子に、わたしはもうストレートに訊くことにしたのだった。
「この前、夜、駅前で、直江さんと彼女さんが仲良く腕を組んで、直江さんの部屋に泊まる泊まらないの話をしてるところを、………です」
そう言った刹那、ものすごい勢いでわたしの両肩に掴みかかってきた直江さんに、わたしは思わず唇を噛んでしまいそうになる。
「―――っ?」
「見たの?雪村さん、あいつを見たの?」
わたしの小さな苦痛も目に入ってないように、直江さんは激しく形相を変えたのだった。
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