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「あいつって、……彼女さんのことですか?」
掴まれた肩は身動きがとれなくて、その力強さにたじろいでしまう。
直江さんの色は赤が面積を広げていて、それは感情の高ぶりを表していた。
「だからそれは違って………あ、いや……」
ふと我に返ったように、わたしの肩を握る手を弱めた直江さん。
その顔には、”しまった……” 的な、恥じらう気配が出ている。
そして少し考えるように視線を浮かせたあと、ハァ……と、深いため息を吐き出したのだった。
「実は、あれ………姉なんだ」
「え?」
今度は顔色だけでなく、全身で気恥ずかしいと訴えているような態度だった。
「実家に住んでるんだけど、仕事場が俺の部屋と近いから、時々泊りに来るんだ。でも……まさか一緒にいるところを雪村さんに見られてたなんて……」
直江さんは照れ臭そうでもあった。
それは色を見なくても、頭をかく仕草でわかる。
そしてそんな態度になる直江さんが、嘘をついてるようには思えなかった。
つまり、あの夜見かけた女の人は直江さんのお姉さんであって、彼女ではなかったのだ。
わたしはホッとしたと同時に、盛大に赤面していた。
「す、すみませんでした!勝手に勘違いして、誤解してしまって……」
ガバッと頭を下げると、直江さんの手は一旦わたしから離れたが、またすぐにトントントンと肩を叩かれる。
「いや、気にしないで。歳も近くて仲もいい方だから、昔からよく間違われてたんだ」
直江さんの優しいフォローに頭を戻したものの、わたしの赤面はちっともおさまってくれなくて、なんだか熱まで上がってしまってる感じがした。
すると直江さんはフォローの続きのつもりなのか、ごくプライベートなことにまで言及してくれたのだった。
「うちは母親が亡くなってるからね。それから姉は俺の母親代わりみたいなところもあったから、余計に親しく見えるのかもしれない。俺も、姉には信頼を寄せてるし」
「お母様が……」
はじめて聞いた直江さんの身の上話に、事情は異なれども同じく母親との離別を経験しているわたしは、同調するものがあった。
けれどそれを直江さんに伝えるよりも先に、直江さんが次の言葉を告げたのである。
「それよりも、もう誤解は解けたよね?あれは彼女じゃないって、信じてくれた?」
「もちろんです。直江さんがそんな嘘言うはずありませんし……」
すると直江さんの色は、黄色がひとまわり大きくなった。
楽しいとか嬉しい……そんな具合だ。
けれど直江さんの言葉はそれで終わらなかった。
続けて、
「それならよかった。好きな人に、彼女がいるなんて誤解はされたくないからね」
さらりと、本当にさらりと、そんなことを言ったのだ。
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