土と鶴

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「それには番号がふってあって、その中にも赤い印がついているのと、何もついてないのがあった。そして同じ番号のものを組にさせてから、赤い印がついているくじを持っているものは、武器を与えられた。そして領主はいったんだ。何もついていないくじを持っているものを殺せと。それが嫌ならば、矢を射ったものと、その仲間を差し出せって」 鶴は絶句した。 「最初は村人全員、何も言わなかった。だって村人全員が首謀者みたいなもんだもの。領主が死ぬことはみんなの悲願だった」 雛は木の根をひょいと避けながら、かるがると進んでいく。 「でも、そこからが大変だった。殺すなんて、慣れてないからね。無残だったよ。躊躇していると、兵士が武器を持った方を殴る。 くじは村のもの全員が引いた。老人も、女も、子供もいた。兄弟でくじを引いたものも。だから、長くは持たなかった。最初の10組ものが、殴られ続け気を失った時、白い札持っている赤ん坊の母親が、矢を射ったものを指差した。鶴はこの母親を憎む?矢を射ったものを憎む?」 鶴は何も言えなかった。呼吸が浅くなっていた。 でも同時に、自分の非を認めることはできなかった。だって、男が悪くないと言うなら、母を殺したのは私なのではないか? * 闇の中、川の流れるごうごうという音だけが聞こえる。雨は降り続き、 川の水量が増していた。 そして、その吊り橋は見るからにぼろぼろだった。 手すりの弦はあちこちほつれ、歩道の部分には、新しい木の板と古い木の板が交互に並んでいる。補修に補修を重ねて使用してはいるが、老朽化していることはたしかだった。 雛は鶴と自分の体を縄で結んだ。 落ちそうになったら助けてね、と軽口を叩いているが、顔は緊張していた。 雛を先頭に、二人は吊り橋へ一歩踏み出した。その途端、雛は風にあおられてバランスを崩しそうになり、手すりにしがみついた。雨で湿った足場は、みしみしと嫌な音を立てた。 「贅肉がついてないから、煽られやすいんだよな」 雛がそう軽妙に言った。鶴を心配させないためだということが、鶴にもわかった。二人は一歩一歩、慎重に、しかし早く橋を渡っていく。眼下に流れる川の水しぶきと、雨のせいで、体中に絶えず水が伝い、体温を奪う。鶴の手のひらは強く手すりを握りすぎてチクチクした。 吊り橋を1/3ほど渡った時、叫び声がした。 「まずいな」 雛がぼそりと言った。言い終わるのとほぼ同時に、兵士たちの足音が聞こえてきた。鶴たちがここを渡ることを予測していたようだ。 二人は歩を早めた。しかし、 吊り橋が終わりに近づいたとき、二人は立ち止まった。いや、むしろそれ以上進めなくなったというほうが正しい。橋を渡っている時は、暗くて気がつかなかったが、つり橋の終わりはひしゃげて埋もれていた。土砂崩れで道が埋まってしまったのだ。 鶴と雛は、呆然とその壁を見つめた。 「土砂を登れ」 しかし叫び声で、現実に引き戻された。振り向くと男が叫んでいた。 吊り橋のたもとで、鉈を構えていた。雛が声をあげた。 「おじさん」 「早く行け」 兵士がゆっくり吊り橋のそばを取り囲んだ。 誰もが雨の中、土のような顔色をしている。 「矢を使うのはよせ。橋に傷をつけないようにしろ」 領主が叫んだ。その声には怒りが滲んでいた。 男は吊り橋に足をかけ、数歩進んだ。 剣を構える。順番に叫び声を上げて、男に向かってくる兵士を順に切り伏せていく。 鶴と雛は、それに一瞬目をやり、斜面を登り始めた。 泥は柔らかく、一歩踏み出す事に、足が泥の中に沈んだ。鶴はちらりと橋の方を見た。 「大丈夫なのか」 「わからない。でも私たちができることは、ここを登ることぐらいだ」 雛はそう答えた。 * 雨の音と一緒に、金属がぶつかりあう音が響いていた。兵士たちは悲痛な叫び声とともに、一人ずつ吊り橋に向かい、男と対峙し、そして敗れた。 ある者は首を切られ、あるものは切りつけられた勢いで、橋から落ちていった。 兵士の数はだんだんと少なくなっていた。 男の強さに、兵士たちの士気はだんだんとそがれていった。 ついに、しばらくその様子を見ていた領主が、進み出た。 「どけ」 男はじっと向かってくる領主を見た。大きくふうっと息を吐く。 「お前が輿の中から出てくるなんて、珍しいな」 「お前たちが死ぬところどうしても見たくてな」
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