一、

1/52
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ

一、

 まだ体に馴染まない詰襟の肩は、一回り大きい。  泣かないよう噛み締めた唇が震えていた。細い眉間には皺が寄り、伏せがちの瞼は時折細かな瞬きを繰り返す。隙間なく生えた長い睫毛には癖がなく、庇のように視界を遮っていた。  よく焼けた肌、瑞々しい頬の線。あどけなさは、まだそこかしこに散らばって私の目を惹きつけた。  元気で、と告げた時、はっと顔を上げてまっすぐに結ばれた口元を見せた。でも何も言い返さず、手も振り返さない。  ただ、坂の下で最後に振り向いた私を、一度だけ呼んだ気がした。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!