プロローグ

1/1
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

プロローグ

 教会よりも灯台の方が役に立つ。サラは列車に揺られながらフランクリンが残した言葉を宙に零した。ハッと慌てて口を覆い、辺りを見渡す。幸いサラの周りには叔母さんしか居なかったので誰かに諫められる事はなかったが、カトリック教徒が周囲にいたらと思うとゾッとする。だが、実際フランクリンは正しいことを述べている。(協会が本当に役に立つのならパパとママは今頃死ななかった)と今度はしっかり心のうちに閉じ込めた。生前パパとママは熱心なカトリック教徒であった。毎週日曜日には教会に礼拝しキリストに忠誠を誓っていた。郊外の丘上にある協会でファザーと共に跪き、胸に十字を刻んでイエスに捧げる。それを欠かさず毎週だ。無論サラも一緒に。 確かあの日も雪の日だった。二人の訃報が耳に入ったのは。二年前、クリスマスの四日前に二人はベルリンへ夫婦旅行に行ったきり、戻って来ることはなかった。ベルリン空港行きの飛行機がエンジントラブルによってバルト海に墜落したのだ。乗員全員即死だったらしい。きっと機体が落ちる寸前まで二人はキリストに祈り続けていたんだろう。やっぱり教会なんて何の役にも立たない。 列車の窓に映るのは、ただただ白いだけの妙味に乏しい雪景色である。南にいる人々はこんな殺風景なものに興味があるらしい。所々生えているオウシュウトウヒがサラ一行を歓迎しているように見えた。ふと見上げた列車の車内案内表示器が、終点であるベルゲンを表示している。叔母さんも表示に気付いて「さあそろそろ降りる準備をしましょう」とサラに伝えた。サラは愛想よく「そうだね叔母さん」と返事をしたが、心のうちで(まだ二十分は乗車するのに何を準備するつもりなのかな)とせっかちな叔母さんに呆れていた。列車内に流れるチープなケルト音楽が耳障りだった。 何時まで経ってもバッグの中をゴソゴソと整理している叔母さんを横に、サラは窓に流れるオウシュウトウヒの本数を手慰みに数えていた。32…33…34、35…。懸命に本数を数えていると、フリルのついたスカートを履いたワゴンガールがサラの前にやって来て「ジュースはいかがですか。果肉入りの。」と機械的な笑顔で話しかけてきた。サラは急に話しかけられた事で何本数えていたか忘れてしまい腹が立った。だから返報として何も答えずにプイと無視をした。それを見た叔母さんは慌てて「オレンジジュースを二つ頂けるかしら」とワゴンガールにごめんなさいねという表情を添えて注文した。ワゴンガールも平気ですよと叔母さんに満面の笑みで返すと、ドリンクカップにオレンジジュースを注いでサラのテーブルに一つ置いた。余計なお世話だ。サラはそう思いながらもオレンジジュースを手に取って口ずけた。果肉なんて一欠けらも入っていなかった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!