ヒース

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ヒース

「オスロからか、それは汽車疲れしただろう。しかもアイツと一緒なんて尚更、お疲れ様。……そういえば昼食はもう済ましたのかい?」 「あ…」 ビニール袋に入った未開封のサンドウィッチが目に映る。険しい道のりのおかげで中身がぐちゃぐちゃだ。 「それはもう食べられないね」 紅茶カップを片手にソファーで向かい合っている叔父さんが真っ白な歯を見せて笑う。爽やかな笑顔に、サラは胸の鼓動が漏れだしそうなのを必死に抑えた。 「ちょうど今から僕もお昼にしようと思ってたんだ。昼食というには遅い時間か。まあいい、ゆっくりくつろいでいてくれよ。豆のスープを作るから」 「あ、ありがとうございます!」 ヨッと腰を上げた叔父さんが台所に着くと、グツグツとスープを作り始めた。熟れきったトマトの芳醇な香りがサラのいるリビングまで充満した。暫く器用に具材を切り分けていた叔父さんだったが 「あ、ベーコンがまだ向こうの部屋に残っていたはずだ。ちょっと取ってくるよ」 と言い部屋の奥に行ってしまった。そんな訳で突如話し相手を失い、1人残されたサラは辺りを見渡してからふぅとソファに沈んだ。(叔父さん素敵な人だな)頬が熱くなるのを感じた。 10分は経っただろうか。中々叔父さんが戻ってこない。退屈の限界を迎えたサラは室内を探検しようと思い腰を上げた。玄関を上がってすぐにある巨大なリビングがサラの現在地だ。あまり物数は多くなく、あると言えばやけに小さいテレビと室内パターゴルフくらいで、男性の一人暮らしの部屋とは思えないくらい片付いている。リビングの横には上の階に上がる為の階段があり、その廊下は落ち着いたクラシックな装いで、叔父さんの趣味が露呈している。壁にはシカの頭のオブジェや美しい花々の絵画が構えていて、まるで美術館だ。その中でも一際目立ち、サラの目を引いたのが「ヒースの審判」という絵画だった。ロムルスという聞いた事のない芸術家の作品だが、暗い廊下の中で圧倒的な眩い存在感を放っている。「ヒース」というのはノルウェーの国花であり、ノルウェー国民にとっては非常に馴染み深い花だ。そんな訳でサラも色々な「ヒース」を描いた作品を目にして飽き飽きしていたが、不思議とこの作品にはとても惹かれた。柔らかくぼかしたタッチでヒースの花を描いているかと思えば、空模様は曇りで稲妻が走っている。そんな空を一機の飛行機が懸命に泳いでいる。まるでライオンに追われている鹿みたいに。そんなコントラストが優しく力強く生命の儚さを描いた本能的な絵画。永遠に見ていれそうだ。 「素敵」思わず声が零れる。 サラの頬にはヨルダン川が流れていた。
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