【会社員のバター】

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 飲み会の店は決まって神田の居酒屋だった。上司の知人が経営していて融通が利いて楽らしい。店構えは立派だが味は伴っていない。一応店の売りは活気の良さらしいが、俄然店員にやる気が感じられない。仕事が終わるのが遅かった僕が一人で店に入ると会社の皆はもう席についていた。 「遅かったじゃねえか近藤!ここ座れや」 と既に酔ってご機嫌な上司が隣の座布団を指さしている。何故誰も隣に座ってないんだ。と思いつつ仕方なしに上司の隣に腰を下ろした。 「とりあえず生でいいな?」 と逃げ道の残されていない質問をされたので 「はい…」と答えた。 その後はひたすら上司の説教や昔の武勇伝を永遠聞かされた。ただでさえ退屈な飲み会が磨きがかっている。まだ「ロッキー4」を観てる方がマシなくらいだ。そもそも月曜日から飲み会だなんてこの上司はイカれている。終わりの見えない話を雑な相槌で流していると、話疲れた上司はいびきをかき始めた。 「いいか、仕事っていう…のはな…」 寝ながら僕に説教をしている。この生命力にはお手上げだ。しかし参ったな、僕が家まで送るはめになる未来が見えるぞ。それだけは避けたいと思い頭を悩ましていると、事務の佐々木さんという女性がちょこんと僕の横に座ってきた。 「ねね。近藤さんっていつも疲れた顔してるよ ね〜」 と好奇心に満ちた顔で聞いてきた。 「そうですかね…?」 とっさに話しかけられた僕はこんな気の利かない返しをしてしまった。我ながら耐性が無さすぎる。 「ほら近藤さんって会社であんまり喋らないじゃない?皆不思議がってるわよ」 佐々木さんが何故か楽しそうに言う。 「不思議ですかね?僕?」 オウム返ししか出来ない自分が情けない。しかし佐々木さんのおかげで何とか会話が成立している。気がする。 「うんうん。謎に包まれてる感じ!休みの日は何しているの?」佐々木さんが言う。 「えーと。大体寝てます…」 ぼそぼそと答える僕。 「え〜つまんないの!あ、じゃあさ近藤さんの夢を教えてよ!」 「え…?」 「誰だってあるでしょ?夢の一つや二つくらい。私はやっぱりこんな所さっさと辞めて大企業の社長さんと結婚したいな〜!それで恵比寿のタワマンの最上階に住むの!週末は外車でお出掛けして……。あ、ごめんごめん。それで?近藤さんはどんな夢もってるの?」 「…僕にも夢があった気がします」 それを聞いた佐々木さんは怪訝そうな顔をして 「なにそれ」と嘲笑して自分の席に戻ってしまった。嘘はついてないんだけどな。 佐々木さんがいなくなって僕は満足気に寝ている上司と二人きりになってしまった。 何とも異質な光景だ。隣のテーブルから同期達の楽しそうな笑い声が聞こえる。 いいさ。僕はどうせつまらない人間だ。こうして一人で飲んでるのがお似合いさ。僕は4杯目のビールに口付けた。  飲み過ぎた。ここまでべろんべろんになったのは久しぶりだ。しかし、そのおかげで上司を送ることは免れた。ジャン負けで送ることになった同期の飯島からの視線が痛いがそんなのお構いなしだ。それにしても飲み過ぎたな。小腹も空いて気持ちが悪い。何か胃に入れたい。そう思った僕は 「お先失礼します。楽しかったです」 と店の前でたむろしている皆に言い、冷ややかな視線を浴びながら一人で神田駅に向かった。腕時計は23時をさしている。深夜の中央線に20分揺られ最寄り駅についた。確か最寄り駅周辺に茶漬けのチェーン店があったはずだ。どこだっけな。アルコールに揺られながら軽く迷子になっていると、いつの間にか薄暗い路地裏にいた。まるで見覚えがない。駅から徒歩3分にこんなところがあったのか。 あたりを見渡すと、うっすら明かりが漏れている建物があった。何だろう。コンクリートの建物の前まで行くと、小さな置き看板が目に入った。 「星空ワッフル」 随分渋い字体で書かれている。店の両脇には二つの健やかな面持ちをした地蔵菩薩がある。こんな場所にワッフル屋…?珍しいな。口直しに甘い物もたまには悪くない。まだ営業しているのだろうか。僕は店のドアを開けた。
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