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「良かったわ、桃園さんに気に入ってもらえて。沙織さんも昨日の今日で、すぐにこんな感じのいい子、紹介してくれてありがとう」
四人は愛宕坂近くの蕎麦屋で、辛めのおろし蕎麦をすすっているところだ。
「こちらこそ嬉しいです。アルバイトまで見つかったし」
「今はバイトは?」
との多田さんの問いに、沙織さんが実はね、とコンビニ店長の話をしてくれた。
「そっか。美人て大変ねえ」と多田さんが言うと、
「良かったわねえ、私たち」と沙織さんが言い足した。
「安心して。山に登ろうなんて人は子供連れかアベックか、たまに県外からの観光客か、変な男は来ないと思うから。あ、それと仕入れ先の配達の人は竹内さんておんちゃんでとてもいい人」
「おんちゃん?」
「関西だとおっちゃんね。五十過ぎたばかりなのにツルツル頭のでっかい人。下からダンボール箱をふたつ肩に乗っけて上がってくるわ。困った時は何でも相談するといいわよ。昔、花見の帰りに酔っ払いのグループが母さんに絡んでね。たまたま竹内さんが配達に来たの。あの人、ドスの利いた声で、あんたら、俺を怒らせる前に帰ったほうがいいですよ!なんて言ってさ。そしたら一目散に逃げてったって」
「昔、違う世界にいた人とか?」と沙織さん。
「さあ。でも絶対におんな子どもに手を出す人じゃない。高倉健みたいな人よ」
「ああ、じっと耐え忍んで好きな人を遠くから見守るってタイプの人ね。高倉健から見守られるって、どんな気持ちかしら。ねえ、里美さん」
多田さんとはその店で別れ、ゆかりは沙織さんの車で丸岡家に戻った。
「晴美、ありがとう。ここしばらく嫌なこと続きだったのよ。引っ越すことで運が変わるような気がするわ」
「引っ越しが済んだら泊まりに行ってもいい?最初のうちは寂しいかもよ。私が付き合ってあげてもいいわよ、香華堂さんからも近いし」
「足羽山って登ったことあるの?」
「そりゃ何べんもあるわよ。登るってほど高い山じゃない。上には公園があって、郷土博物館てのがあって、もっと先には小さな動物園もあるの」
「へえ。じゃあ今度、案内してよ」
「わかった」
ゆかりはそれから沙織さんに挨拶をして、自転車で家に帰った。部屋に戻って荷物を置くと、靴を脱がずにそのままコンビニまで歩いた。ちょうど店長さんのお母さんが店に立っていたので、今月でアルバイトを辞めると伝えた。
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