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沙織さんはゆっくりと話を続ける。
「晴美も一度行ったことがあるでしょ。ほら、愛宕坂の駄菓子屋さん。そうそう、足羽山への登り石段で、半分ほど上がったとこの。あそこが里美さんの実家なのよ。
で、そこでお母さんが一人で店をやってたんだけど、石段でコケて。杖があれば何とか歩けるくらいにはなったらしいんだけど、ほらあんなところだから買い物にも行けないじゃない?それで里美さん、ケアマネさんと相談して、老人ホームに入ってもらうことにしたんだって。
長男さんが敦賀で大きな会社を経営していてね、ホームの入居金だの家賃だの、お金の心配はないらしい。でもお母さん、愛宕坂の家を壊さないでくれって言ってるらしいの。できれば店も閉めないでとも。元気になったら戻るつもりでいるのよ。
もちろん帰るなんて無理だとはみんな思ってる。でも里美さん、お母さんに嘘はつきたくないんだって。できれば本当に店を続けて、写真とかビデオとかで店が繁盛してるのを見せたいんだそうよ。
さてそこでよ。店は土曜、日曜くらいしかお客さん来ないんだから、週に二日だけ営業することにする。でも平日、無人にしておくと家が傷むから、誰かに住んでもらいたいんだって。
そんな話をお店でずうっと聞いてたのに、さっきまで忘れてたのよ、酷い人だねえ、私って!」
「そのう、愛宕坂というところは、大学から近いんですか?」
「近いわよ。晴美のバイト先からこっちに、自転車で十分かからないくらい。大学、香華堂さん、愛宕坂、ここ花堂とほとんど直線に並んでる感じよ」
「それで、家賃は幾らくらいですかね」
「部屋も見ないとあれだけど、家のおもりみたいなもんだから一万円くらいじゃないかしらねえ。よければショートメール、送るけど?」
「お願いします!」とゆかりは頭を下げた。
山の途中らしいけれどどうせ車もないし、全然構わない。家が古そうだから、あんまり気持ち悪いのは嫌だけど、お婆ちゃんだって死んだわけじゃないからお化けも出ないだろう。とにかくアルバイトをしなくて良いのは嬉しい。占い師さんによると、どこに行っても悪い男に迫られるらしいから。
「あら、メール帰ってきた」と沙織さん。
「どう?よければ明日見に来ないかって。里美さんも明日は休みみたいね」
「お願いします、って送って。おばさん」
「わかった。ねえ、私も付いていっていい?」
「ええ。もちろんです」
「私も、私も!」と晴美さん。
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