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玄関の戸が開閉された音に、目が醒める。大袈裟な足音が、それぞれ四畳半の台所と居間を行き来した。寝返りを打って背を向けるも、耳は母の動きの一挙手一投足を感知している。
母は休む間もなく働いている。一定の間隔で鳴る包丁が、僕の罪悪感も刻む。
『大人』になるまでの執行猶予は、あと2年あったはずなのに。でも同級生だってまだ卒業前だ。甘えているのは悪いことじゃない……はず。
「雄之、ご飯よ」
間もなく母が僕を呼ぶ。一度、どう反応するか悩んだが、緩慢な動作で上半身を起こした。
台所には味噌汁の香りが漂っていた。覗き込むと、僕の好きな巻き麩が浮いている。新鮮なネギの緑がきれいだ。
僕の席のところに、何やらカラフルなチケットが置いてある。座ってから手に取ると、母がそのタイミングで「それね」と早口に言った。
「今日からだって。職場の人がくれたの。行ってみたら?」
長い前髪も全部一つにして、後ろで結んでいる母。働き者だけど、こういう娯楽には関心がない。僕はもう一度チケットを見た。
『欲張りサーカス』。
でかでかと書かれたポップな白抜き文字。長方形の紙には、中央から放射線状に七色の線が引かれていた。
僕はそれをテーブルの隅に退け、箸を持った。
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