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「ええ、そうなんです。主人を送り出そうとして玄関へ出て、なにげなくひょいとお隣を覗いてみたらね、坊ちゃんが一所懸命地面を掘っていたんですよ。声を掛けても耳に入らない様子で……」
隣家の主婦はそこで、気味悪そうに肩をすくめた。
「最初はそれが何なのか、わかりませんでした。夏場ですしねぇ、土に汚れた紺と白の水玉のぼろ布かと思いましたよ。まさか、ニュースでやっていたあの子だとは想像もつきませんでしょう? それを坊ちゃんが地面から引きずり出して、『母様、母様』って抱き締めたんですもの、ゾッとしましたよ。え? お隣の奥さんですか? 男と逃げたんですよ、坊ちゃんが十才の時にね。若い男と駆け落ちしたんです。綺麗な女性でしたけどね、男に迎えに来させて、それっきり。夏の夕暮れ時でした。門のところで遊んでいた坊ちゃんにさよならって手を振って、一目散に掛けて行きましたよ。後ろも振り返らずにね。白い絞りの入った紺のワンピースの裾がふわっと広がって、ええ、それ以来、奥さんはお見かけしませんねぇ」
「隣の家で、猫を見かけたことはありますか? そのぅ……笑う猫を?」
主婦はその質問にさも可笑しそうに含み笑いをし、断固として言い切った。
「冗談でしょう? あの家の庭ほどたくさんねこいらずを撒いてる家なんか知りませんよ。あの家に居つく猫なんていやしません」
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