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 母様の部屋の掃除を終え、ついでに花壇の雑草を抜いておこうと思いついた男は、縁側からサンダルをつっかけて庭に降りた。  初夏の白く眩しい陽光が、容赦なく男の肌に降り注いだ。  庭木に水を撒くにはまだ日が高すぎるだろう。  花壇では、向日葵の苗がもう男の胸の辺りまで育っている。  その隣の壇では、母様が好きだったサフィニアの花が盛りだ。  男は、小さな緑いろの雑草の芽を園芸用のピンセットで丁寧に抜き取っては、捨てる作業を三十分近くも続けた。  気が付くと、肩と腰のあたりに鈍痛がわだかまっている。  続きは昼飯を食べて、もう少し涼しくなってからにしよう。  そう考えて、背後を振り返ろうとした一瞬、男は後ろにあの笑う猫がいるような気がして、緊張した。  背中から首筋あたりにかけて、くすぐったいような視線を感じるのだ。  男は、ゆっくり振り向いた。  やっぱり。  笑う猫は、母様の椅子に前足を胸の下にたくし込むように折り込んで、男が庭いじりをしているのをじっと見ていた。   猫は男と瞳が合うと、いかにも笑う猫らしく、ニヤリと唇の端を上げて見せた。    「畜生!」  男は手に持っていた園芸用のピンセットを投げつけた。  猫はヒラリと身をかわし、ピンセットは藤の椅子の背もたれに突き刺さった。  長い尻尾をくねらせて、悠然と部屋の奥へと消えて行くその足取りは、まるで、この家の主のように余裕に満ちていた。  この二週間というもの、似たようなニアミスは数えきれないほどあったが、笑う猫には男が自分に危害を加えられる範囲内に決して足を踏み入れないだけの分別があった。  いつも、一歩離れた場所から男を嗤っているのだ。 「畜生!」  男は生垣の玉柘植を力任せに蹴り上げた。  ちょうど、表を通りかかった通行人が驚いた表情で男を見た。  この辺りでは見慣れない男だった。  この暑いのに、深緑色の長袖ジャンパーを着て、阪神の野球帽をかぶっている。 「失礼」  男は、通行人に会釈して庭から引き上げた。
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