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会社では男は出世コースをひた走るエリートだった。
真面目で几帳面な性格は母親譲り、頭は生れつき良かった。
人当たりもよく、上司や同僚ともうまくいっていた。
ただ、唯一問題なのは恋人のことだった。
男はできたら、彼女と結婚したいと考えていた。
貞淑で寛大な良い妻、良い母になるだろう。
母様が大切にしていた庭の世話も、家の管理も過不足なくこなし、男の子供を産み、育ててくれる、理想の妻だ。
しかし、彼女の言い分はすこし違っていた。
付き合って一年近くにもなるのに、男が身体を求めてこないことが不満のようだった。
ほかに女がいるのではないかと近頃は本気で疑っているらしい。
結婚もしていない男女が、身体を合わせるなんていけないことだよ、汚らわしい。
母様は、男がまだ子供の時分から繰り返し、そう男に教え込んだ。
そのせいで、男はいつか男女の交わりを、否定的でいかがわしく、悪い事として受け止めてしまようようになっていた。
結婚という儀式をすませ、名実ともに自分のものとなった妻とだけは、許される行為だが、そうでないものとはしてはいけない事なのだと。
彼女を抱くことは、母様への裏切りになるような気がして、どうしても男は踏み切れないでいた。
しかし、彼女にその事を理解してもらうためには、膨大な言葉を必要とするだろう。
そんな手間をかけるくらいなら、たった一言、結婚しようと言うほうが簡単だった。
男は、来週中にでも彼女にプロポーズするつもりでいた。
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