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 居間に上がってテレビをつけると、お昼のニュースをやっていた。  どこかの街で、女の子が行方不明になているらしい。  男は、なんとなくさっきの通行人の男を思い浮かべた。  ああいうタイプの男なら、子供を誘拐して殺したり、その上その両親に身代金を要求したりするのも平気でやるに違いない。  二週間前のあの日、自分があの女の子に何もしないでいられたのは、すべて母様の厳しい躾と戒めのおかげだった。  母様は誠実で、貞淑な人だった。  さっきの男の事を、警察に忠告しておいたほうがいいだろうか。  と一瞬の間、男は考えた。  しかし、すぐに母様の顔が脳裏に浮かんでこう言った。 『頼まれもしないのに、厄介ごとに首を突っ込むんじゃないよ』  そうだ、母様はいつもそう言っていた。  面倒なことは見て見ぬふいをする事。  それが人生をうまく渡ってゆく法さ。  男はテレビを消して、昼飯を作りに台所へ立った。  そういえばあの猫は、いったい何を食べて生きているんだろう。  男は素麺をすすりながら考えてみた。  台所の食料品や生ゴミを漁ったあとがあったことは一度もないし、もちろん男が餌をやったことなど全然ない。  もしかしたら、夜の間にどこかへ餌を食べに行っているのかもしれない。  そうだとしたら、ふてぶてしい奴だ。  食べにでかけた後、またこの家にわざわざ戻ってくるなんて。  食器を片付けて、何もすることがなくなると男は自分の部屋へ引っ込んだ。  母様の部屋の丁度対角にある男の部屋は、例の湿っぽい裏庭に面していた。  窓を開けると、裏庭ごしにお隣と家の玄関先が見える。  いまも、隣の奥さんが掃き掃除をしているところだった。  五十をとうに越えた、おしゃべり好きな専業主婦で、男がまだ子供の頃から隣に住んでいる。   いつも男の事を『坊ちゃん』と呼ぶので苦手だった。  母様はもっと露骨に、嫌いだと言っていた。  人の悪口を言うことにしか頭が回らない愚鈍な女だ、と。  男は、ピシャリと窓を閉めた。
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