箱が見える人

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昨今の情勢からオンラインで仕事することが多い。今日もパソコンに向かって仕事をしている。ネット上では霊媒師を生業としている。胡散臭いこと、この上ない。自分でもそう思う。しかし、そのような職業でも本当に依頼があったりする。 メールボックスを見ると、1件の新着メールがあった。 メールの内容はこうだ。 「最近、箱が見えるんです。捨てても捨てても戻ってくるんです。警察にも行ったのですが。何を言っているんですかと門前払いで。オンラインで除霊ができると聞きました。どうかこの箱を除霊していただけないでしょうか。」 その文章の最後に、彼女の手を写した写真が添付されていた。 「なんでもかんでも、霊のせいにされてもね。」 そう独り言を言いながら、 「この度はご依頼ありがとうございます。メールの内容から心労極まっていると存じます。添付頂いた箱の写真を拝見いたしました。確かに禍々しい気を感じました。除霊の依頼ですが、来週であればいつでも構いません。」 そんな文章を10分ほどで書き上げ、珈琲を一口飲んだ。 「今日はこんなものかな。」 そう言いながら、パソコンを閉じた。  数日後・・・ 「どうも。初めまして。さつきと言います。」 彼女はそう言うとパソコンの画面に向かってぎこちなく会釈をした。 「すいません。聞こえていますか?画面が黒いのですが。」 少し不安げな声でそう言った。 「大丈夫です。聞こえていますよ。職業柄あまり顔を見せたくないので、この画面でお願いします。 黒い画面から加工された声が聞こえてきた。 「では、早速ですが、その箱を見せてください。」 「これです。」 さつきは手を大きく広げ、パソコンの画面の方で差し出した。 「確かに禍々しい気を感じますね。もう少し画面に近づけてください。」 黒い画面の向こうで何か物音がしている。 「これから祈祷を行います。その箱を画面の目の前に置いてください。」 すると、彼女は箱を置いた素振りをし、目を閉じ拝む姿勢を取った。 数分間、念仏のような言葉を使いながら、 「はい。これで禍々しい気を払うことが出来ました。もうこれで大丈夫です。」 「え。まだここに箱がありますよ。」 さつきは少し甲高い声でそういった。 「大丈夫です。徐々に薄れていきますから。ところで、最近頭をぶつけた覚えとかありますか?」 「別に記憶はないです・・・・」 「そうですか。一応、私は除霊させていただいた方には必ず病院での診療をお勧めしています。特に心療内科へ受診してください。」 「え・・・。どうしてですか?」 さつきは不思議そうに答えた。 「心のバランスが崩れているとこういった現象に見舞われることが多いので。私の経験上。」 「はあ。そうなんですか。」 「では、今後ご縁がないように心から願っております。」 パソコンからはその言葉を最後に画面が閉じた。 1カ月後・・・ 「受付番号3番の患者様。診療室2番にお入りください。」 さつきはそのアナウンスに聞いて、診療室2番へ入っていった。 「さつきさん。最近どうですか。薬は飲めていますか。」 心療内科医師の加賀見はやさしく声をかけた。 「おかげ様で良くなりました。まさかあの箱が幻覚だったなんて。」 「幻覚が見える病気ってあるんですよ。統合失調症とかね。さつきさんは薬が良く効いたみたいで。まあ、この前話していた霊媒師に感謝というところですかね。」 「本当にそうなんですよ。なぜかあの後除霊代金が返金されていて。何度もメールを送っているんですけど。音信不通なんです。」 「じゃあ、その人は本当に見える人なのかもしれませんね。」 加賀見は少し笑みを浮かべながらそう言った。 「え?どうしてそう思うんですか。」 さつきは少し不思議そうに聞いていた。 「その人の仕事は除霊でしょ。霊の仕業ではないのに、代金貰ったら、詐欺じゃないですか。」 加賀見はカルテに目を落とした。 「はあ。でも、その人はなんで除霊なんてしてるんですか。」 「うーん。暇つぶしじゃないですか。」 加賀見はさつきの方にちらっと視線を移し冗談っぽくそう言った。 「そんなもんですかね。」 「案外、そんなもんですよ。じゃあ、いつもの薬を出しておきますね。」 「今日もありがとうございます。」 「じゃあ、来月にまた来てくださいね。」 さつきは席を立ち、診療室を出た。 加賀見はその後ろ姿を見送ると、 「今日はこんなものかな。」と呟き、次の患者カルテに目を移した。
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