注文の多い真っ白な細長い家

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「孫は丁度、お前さんくらいの年頃の男を求めておったんじゃ」  唐突にそう聞かされた男は、単純なもので急に色めき立って、「そ、そうなんですか」と答えました。 「なんせ、こんな森中に住んでおるから滅多に男に会えなくてな、男に飢えておったんじゃ」 「そ、そうなんですか」と男は判で押したように答え、更に色めき立ちました。 「じゃから、お前さん、チャンス到来という訳じゃて。ほっほっほ!」 「そ、そうなんですか」と男はまた判で押したように答え、更に色めき立ちました。 「わしも孫が早く男を見つけて欲しいと思っとったところじゃから、お前さんが現れたことは本当に目出度いと思うとるよ」 「そ、そうなんですか」と男はまたも判で押したように答え、更に色めき立ちました。  このように老婆が煽り立てる度に男はのぼせ上がってその気になって、やがて老婆と共に家の門前に着きました。家だけでなく門も塀もみんな真っ白です。  老婆は真っ白な門扉を開けました。 「さあ、家に娘がおるで中に入りなされ」  男は先に進められ、玄関前に立ちました。不思議な家で間口が玄関分しかなく偉く奥行きがあってまるでアナジャコの巣穴のように長細いのです。  玄関ドアに張り紙がしてありました。 「ポンプスタンドに置いてあるコップの水でうがいをして消毒液で手を洗ってください」 「成程、コロナ禍だからか」と男が納得していますと、「中へ入って行くとドアごとに張り紙がしてあるで、その通りにして奥へ進みなされ」と老婆は言いました。  男はうがいをして手を洗って玄関ドアを開けますと、中はいきなり廊下になっていて外観と同じく真っ白で突き当りに真っ白なドアが有ります。男は窓も照明も空調もないのに明るくて暖かいのを不思議に感じながら廊下を進んでドアを開けますと、中は手狭な部屋になっていて廊下と同じく真っ白で明るくて暖かで向こう正面には矢張り真っ白なドアがあって張り紙がしてありました。 「身に付けている物を全部脱いでください。いいことをしますから」  これを読んで男は独り悦に入りました。そしていそいそと身につけている物を全部脱いだ後、ドアを開けました。  すると、また真っ白な小部屋に入りました。矢張り廊下と同じく明るくて暖かで向こう正面には真っ白なドアがあって張り紙がしてありました。 「バスタブとバスタオルを用意しておきましたから体を清めてください。綺麗好きですから」  なるほどなるほどと男は納得して真っ白なバスタブに入り、湯に浸かって体を清めてからバスタブを出てバスタオルで体を拭いてドアを開けました。すると、またまた真っ白な小部屋に入りました。矢張り廊下と同じく明るくて暖かで向こう正面には真っ白なドアがあって張り紙がしてありました。 「サイドテーブルに置いてあるオーデコロンを頭に振りかけてください。匂いフェチですから」  なるほどなるほどと男はまた納得して瓶を取って頭に振りかけますと、何となく酸っぱい匂いがします。が、男は構わず一杯振りかけました。そしてドアを開けますと、またまた真っ白な小部屋に入りました。矢張り廊下と同じく明るくて暖かで向こう正面には真っ白なドアがあって張り紙がしてありました。 「サイドテーブルに置いてあるオリーブオイルを全身に塗ってください。匂いフェチですしオイルで滑りを良くすると気持ちいいですから」  なるほどなるほどと男はまたしても納得してオイルプレイに思いを馳せながら全身にオリーブオイルを塗って行きました。そしてドアを開けますと、またまた真っ白な小部屋に入りました。矢張り廊下と同じく明るくて暖かで向こう正面には真っ白なドアがありますが、張り紙はしてありません。  で、男はどうすればいいのかとおいしそうな匂いを漂わせながら素っ裸の儘で佇んでいますと、向こう正面のドアがギギ~と不気味な音を立てて開いて、あの老婆が真っ白なバケツを持って出てきました。 「あとローションを塗らんといかんな」 「えっ?」 「より気持ちよくなる為にじゃよ」 「なるほど、そうですね」 「たわけ!」と老婆は一喝するなりバケツの中に入っていたイカ墨ソースを男にぶちまけました。  その途端、男は頭の先から爪先まで真っ黒になってしまいました。 「うわあ!何すんの~!」と男があたふたしながら呻くと、老婆は平然と言いました。 「あの娘はわしが化けてたものじゃ」 「えっ?」 「じゃから娘なぞここにはおらん」 「えっ?」 「う~む、美味そうじゃ」 「えっ?」  男が全身真っ黒になりながら訳が分からなくなっていますと、老婆は漸次、口が裂けて来て目尻も避けて来て歯が尖って来て耳も尖って来てそれはそれは怖ろしい形相をした人食い魔女に変化(へんげ)しました。  その瞬間、「うぎゃー!」と男は裂帛の悲鳴を上げました。人食い魔女の見てくれに驚いただけでなく人食い魔女が男の首に食いついたからです。そして真っ白な部屋を男の迸る血で赤く染め上げながら男を丸ごと食って行き、骨だけにしてしまいました。その骨は人食い魔女によって粉々に砕かれ、家具を造る材料になるのです。家が出来るまでは家を造るために人を見つけては食って骨だけにして、それを家の材料として貯め込みました。粉々にしたのをセメントみたいに練って色んな形にして固めるのです。そうして出来上がるのですから人食い魔女の家は真っ白な訳なんです。その人間の骨で成り立つ恐ろしい家が落成してからは今回の男のように罠に嵌めて味付けしてよりおいしくして食うようになった次第です。ということはオーデコロンは何だったんでしょう。酸っぱい匂いがしたのですから恐らく酢でしょうね。ちなみに何で家の中が窓も照明も空調もないのに明るくて暖かだったかと言いますと、人食い魔女が妖術でコントロールしてたんでしょうね。
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