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彼はやると言ったら、やる男だった。
「連続逆上がり、百回やる。数えて」
それが年中さんの時。
「凄いねぇ。そんなに出来るの?」
ただの大口だと思った。
そもそも息子が逆上がりを出来ることさえ私は知らなかった。
『お、お母さん、出来るんですよ。私、数えましたから』
そう私に囁いたのは幼稚園の担任の先生。
(えっ!?ま、マジで?)
思えば、これを皮切りにして私は何かと数を数える羽目になったのだ。
週末になると私たちはバスケットゴールを求めて、学校に足しげく通うようになっていた。
体育館は使わせては貰えない。
運動場のバスケットゴールの下がもっぱらの練習場所になる。
「今から百本シュートする。数えて」
レイアップシュートを習った彼は、真夏の炎天下で私にそう宣告した。
「余裕で入るようになるまで続ける」
そう言われても半信半疑。
まぁ、すぐに音を上げるでしょう。が、私の大方の見解だった。
「い~ち……に~い」
「何言ってるの?入った数だけ数えるんだよ?だからまだゼロ本ね」
(げっ!!!?う、嘘でしょう?)
半信半疑はここで確定する。
これは無理だなと。
百本数える私もそれはもう大変で、若かりし頃に読んだバスケットの漫画の話なんかするんじゃなかったと、夏の日差しに音を上げそうだった。
口だけでどうせ終わる。
きっと終わる。
いや、もう、明日にしない?
彼の足を引っ張る私のそんな気持ちは全て無視され、彼はやり遂げた。
そして続けた。
それが小学二年生の時の一番の思い出になる。
ジャンプシュートを練習すれば、入らないことにイライラして私はがなり立てた。
「百本なんて無理っ!五十本で良いから、一本一本に集中して!!!」
「左手は添えるだけ!膝を使って!何度言ったら分かるの!?」
私のバスケットの教科書は全て漫画から得た知識だけ。
後は体育の授業くらいでしかない。
もう、馬鹿みたいに私も必死だった。
勿論、彼もブチ切れてたし、私もブチ切れてた。
「くふふっ、だって、全く入らないんだもの」
吹っ切れないと、あの真夏の炎天下や、冬の寒空なんて耐え抜けやしなかったの。
だったら息子だけに勝手に練習させておけばいいのだろうけれど、そりゃもう、私は彼のファンだったから、真剣に見守っていた。
私はバスケットにはまるで興味がない。
プロリーグなんて見向きもしない。
だから未だに小難しいルールも分からない。
世の親の大抵がそうであるように、もれなく私も親馬鹿だっただけだ。
ただ彼がひたむきに打ち込む姿を、ずっと追っかけていたかったのだ。
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