4人が本棚に入れています
本棚に追加
「もう、ヤダ!」
彼が最初に本気で音を上げたのは四年生の初め頃。
これまでの練習が全部、全部、徒労に終わったと、打ちのめされていた。
彼は小さかった。
チームの中で一番小さくて、同じ年齢でも頭一つ、二つ分低いなんてザラだった。
長身のぽっと出の子にいとも容易くゴールを決められ、また、ゴールを阻まれれば、そうなるのは仕方がなかった。
「プロには小さくても頭一つ分以上に抜きんでているプレイヤーもいるよ」
そんな遠い、遠い、実力者をあてはめたところで彼には響かない。
「継続は力なり。折角、続けてきたのだもの。取り敢えず、六年生までは頑張ってスクールに通おうよ。母さん、何も無かったことにしてほしくない」
そうは言うも、しばらく自主練習に身の入らない日々が続いた。
ある時、みょうちくりんなシュートを練習していることに気づく。
こけそうな態勢で、ボードの黒枠よりずいぶんと離れたところにボールを当てていた。
「そんなの、入るわけないよ」
どうせならちゃんと練習すればいいのにと、思わず声を掛けた。
「普通のシュートは意味ない。俺は俺のシュートをするしかない。何も分からんくせに黙っててっ!」
あてすっぽシュートの練習ばかりする息子に小さくため息を吐きながら、私は言われた通りに黙って見守ることが出来る良き母ではなかった。
スクールの先生にこっそり相談してみることにする。
だって、又意味がなかったら可哀想でしょう?
「ああ、回転掛ければ入るんですけど、小学生には難しいですよ」
聞けば、あのボードの大きさは何処に当てても入る大きさとして設計されているという。
黒枠は勿論一番入りやすい場所であるのだが、ボールに回転を掛ければ入らない場所はないと教えて貰った。
元々彼はレイアップシュートだって、漫画みたいにふわっと飛んで置いて来るなんてことは無理だったのだ。放り投げている分、難易度は私がするより俄然高かった。
ゴール下では阻まれるから、もっとも狙いにくい位置で、さらに小さな指で回転を掛けて狙うとなると至難の業に違いない。
でも――。
「入るって!絶対に入る法則があるボードなんだって、あれ」
ボードを指し、私は目を輝かせて息子に伝えていた。
だって、可能性がゼロでないなら意味はある。
次の大会、彼はゴール前にいる敵を躱して、ゴール下をかいくぐり、無理な体勢からシュートを決めた。
そして時間ギリギリのラストチャンス、上背のある敵の手を躱すために放り投げた最後の当てすっぽシュートは奇跡的に決まったのだ。
奇跡かもしれないけれど、それが奇跡ではないことを私は知っている。
「へへっ、何万回練習したと思ってるの?」
そんなにしてないじゃん!
でも、彼は自分なりに高さを克服しようと、自分で考え、そして努力したことは間違いない。
彼の試合を見ることは、試合に勝っても負けても私は楽しかった。
負ければ悔しいけれど、次への意欲を失うことは無かったのだ。
それが今、私は彼の試合を見ることが怖いと思っている。
最初のコメントを投稿しよう!