0人が本棚に入れています
本棚に追加
その松野さんの前で、こんなふうに先生に叱られて、不真面目な生徒みたいに、家にやり直しに帰されるなんて、格好悪いことこの上ない。お姉ちゃんを見習えだって!僕は本当に心から、先生を憎らしく思った。
家の前まで来ると、ピアノの音が聞こえてきた。お姉ちゃんだ。僕は舌打ちしたいような気分になった。これじゃ練習なんかできやしない。
お姉ちゃんは、ピアノの練習の邪魔をされるのが大嫌いだ。同じ部屋で待っているだけでも、気が散ると言って怒り出す。お母さんがたまに見かねて、
「紗恵ちゃん、幸ちゃんにもちょっと練習させてあげなさい」
なんて言おうものなら、かんかんに怒って、
「なによ、幸太なんてお遊びでピアノをやってるくせに。あーあ、私が将来音大に入れなかったら、幸太のせいだからね」
などとがみがみ文句を言いながら、ドアを叩きつけるようにして部屋を出て行く。あれをやられると、僕は本当に嫌な気持ちになる。せっかくピアノが使えても、お姉ちゃんの怒りが気になって、なんだか練習に身が入らなくなってしまうんだ。
僕は、お姉ちゃんと顔を合わさなくてすむように、そっと勝手口から中に入ると、静かに階段を上がって自分の部屋のドアを閉めた。階下から、お姉ちゃんの弾くモーツァルトのソナタが聞こえてくる。
僕は耳をふさぎたいような気持ちで、壁にかかった絵を眺めた。
ぴかぴかの、大きなグランドピアノ。昨年の夏休み、何でも好きな絵を描いてくるという宿題で描いた絵だ。鍵盤の数もきちんと数えて、うんと丁寧に描いた。裏に先生が大きな花まるをつけてくれて、「細かいところまでとてもよくかけています」と書いてくれた。
自分で言うのもなんだけど、会心の作だと思う。僕の希望で、お母さんがシンプルな額を買ってきてくれて、ここにかけてくれた。僕はそのガラスをそっとなでて、ため息をついた。ああ、こんなピアノがあればなあ。
最初のコメントを投稿しよう!